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テレワークがもたらすもの ─呪縛からの解放─

第4回 テレワーク導入の壁は日本型雇用

◆雇用型テレワークの魅力
 テレワークの分類としては、雇用型テレワークと自営型(非雇用型)テレワークとがある。これからの時代は後者が増えていくと予想されるが、新型コロナ問題のなかで、現在注目されているのが、会社員が行っている雇用型テレワークだ。雇用と自営の違いは、企業に対して、どのような契約で労務を提供しているかにある。雇用契約(労働契約)であれば雇用型(民法623条)、請負契約(同632条)や準委任契約(同656条)であれば自営型だ。
 実際には、雇用と自営の区別は明確でないことが多いが、理論的には両者は明確に区別できる。それは、報酬が何に対して支払われるかにある。自営(ここでは請負を考える)では、仕事の結果に対して報酬が支払われるのに対し、雇用では、労働に従事することに対して報酬が支払われる。労働に従事するとは、指揮命令を受けて働くこととほぼ同義だが、それを具体的にいうと、業務遂行上の指揮監督を受けることと、時間的・場所的に拘束されていることだ。この2つの要素がそろえば、通常、雇用と分類される。
 指揮命令下で働くことは、雇用の本質なのだが、それは同時に、この働き方の苦悩の始まりでもある。他人の指揮命令で働くと、どうしてもその他人と上下関係や支配従属関係が生じる。肉体的にも、精神的にも、つらいことが出てくる。労働法で、労働時間を規制してきたのは、このためだ。労働時間の定義は、最高裁の判例によると、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」だ。苦悩の根源である「指揮命令下に置かれている時間」をできるだけ短くしようというのが労働法なのだ。
 会社員の行っている雇用型テレワークでも、指揮命令を受けて働くという雇用の本質に変わりはない。テレワークであっても、好きな仕事をしてよいわけではないし、働く時間と場所を完全に自由に決めてよいわけでもないからだ。とはいえ、指揮命令の程度が、かなり緩くなることは確かだ。ここに、会社員でありながら、テレワークで働くことのメリットがある。

◆上司の悩みと職務専念義務
 こうしたテレワークの魅力は、上司にとっては逆に悩みの種だ。上司の仕事は、企業の経営方針に従って、部下を指揮命令することにある。これは、指揮命令に従っているかどうかを監視することとセットだ。いくら日本人が仕事熱心な国民だといっても、監視が緩ければ、サボりは起きてしまう。普通の職場であれば、上司や同僚の目があるが、テレワークとなると、どうしても監視が甘くなる。そのため上司は、部下たちをきちんと働かせることができないのではないかと不安になる。
 少し理屈をこねる上司なら、労働者には「職務専念義務」があり、テレワークであれば、この義務の履行が担保できなくなるから控えたほうがよいと言い出すかもしれない。確かに、最高裁は、労働者は「その労務を提供するためにその労働時間を用い、その労務にのみ従事しなければならない」と述べている。これは、勤務時間中の労働組合の活動を禁じる前提として述べた部分だが、その内容は組合活動以外にもあてはまる。しかも最高裁は、別の判決で、「勤務時間および職務上の注意力の全てをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならない」とも述べている。これは、例えば「原発反対」と手書きした腕章を着用して勤務した場合、服装規定に違反しないかぎり許されるのか、いやそうした腕章を着用する勤務態度自体が、職務専念義務に反しているのか、という論点に関係する。最高裁なら、こうしたケースでは職務専念義務違反と言いそうだ(ただし、学説の多数は、実害が実際に生じていたり、あるいは生じる危険性が高いような場合でなければ義務違反はないと言うだろう)。
 このように最高裁の姿勢は強硬だが、結局のところ、部下がどこまで職務に集中しているかなどは、たとえ眼の前で仕事をしていても、外からは知りようがない。実際、これまで裁判になった事件をみても、政治的主張を記載したプレートを着用するとか、労働組合のバッジをつけて勤務するとか、職場のパソコンを使ってアダルトサイトに頻繁にアクセスするとか、問題行為が客観的に認識できる場合に限られていた。

◆テクノロジーを活用して集中度を測定
 ただテクノロジーの進歩はすさまじい。パソコンとネットが接続する状態での仕事であれば、パソコンをセンサーとして活用して、労働者のリアルデータを収集し、仕事への集中度をAI(人工知能)で分析することが可能だ。客観的に認識できる問題行為だけでなく、労働者の内心にまでアクセスすることができてしまうのだ。これが、あらゆるモノがインターネットでつながるIoT(Internet of Things)の威力だ。
 この技術を積極的に活用したほうがよい分野もある。例えば、長距離区間を多くの客を乗せて走るバスの運転手は、勤務中は精神的に集中してもらわなければ困る。運転手も人間である以上、集中し続けることは困難なのだが、一瞬の気の緩みが大事に至ることがある。そこでテクノロジーの出番だ。社内に搭載したカメラから常時送られてくる本人の表情を分析して眠気を察知したり、社外のカメラから得られる車の運行状況を分析して異常を察知したりすることで、事故を回避できる。
 デジタル技術は、人間では捉えられないものを数量化して把握できるようにする。こうした方法は、一般の従業員に対しても利用できるのだ。上述のような危険業務に従事する人間の集中力のチェックだけでなく、健康管理にも活用できる。さらに、職務専念義務を担保するという観点からも利用可能なのだ(労務管理の強化につながるといった反論はあり得るが)。技術的にみれば、テレワークだから監視が難しいとは言えないということだ。

◆プロセスから成果へ
 上司が監視をするのは、部下が指揮命令どおりに仕事をしているかどうかをチェックするためだ。ただ、こうしたチェックは、自身も部下もテレワークをしている状況ではやりにくいだろう。仕事のプロセスを厳格にチェックしようとすると、部下にいちいち進捗状況を報告させることになりかねない。これではかえって仕事の効率が下がってしまうだろう。
 ただ、もし成果をきちんとチェックし、それを評価につなげることができれば、プロセスをチェックする必要はなくなる。成果を出すためには、サボってはいられないからだ。問題は、どうやって成果をチェックするかだ。まず何を成果とみるかが明確にされなければならない。そのためには、本人の仕事がいったい何なのかを定義することが必要だ。
 実はこの点が、日本の従業員(とくに正社員)には難しいのだ。外国の企業では、人材の募集は、特定のポストに空きが出たときの欠員補充という形で行われるのが一般的だ。企業は、どのような職務内容のポストの人員を募集しているかを明確にする必要があるので、職務内容は、職務記述書(ジョブディスクリプション:job description)によって明確にする。こうした雇用形態なので、企業は、原則として、そこで記述している内容の業務しか命じることはない。給料も基本給は職務内容と連動している(職務等級制、職務給など)。こうした働き方を「ジョブ型」雇用と呼ぶ。
 ところが、多くの日本企業では、従業員の業務の範囲は厳密には特定されていない。それよりも大切なのは、所属する部署やチームでの成果だ。上司によって、明示的に、あるいは暗黙に指示されたことを遂行するのが、日本企業での仕事のやり方だ。自分はその専門とする仕事しかしないというようなプロ的な従業員が次々と現れれば、日本企業の業務は回らなくなる。
 みんなで協力し合って集団作業をするという日本企業のスタイルは、同じ場所で働くからスムーズに回る面がある。どのように仕事を進めていくかについて不確実性が多く、事前に決めごとをすることが難しくても、それは場の雰囲気などで補うことができる。こうした柔軟性が日本企業の組織の強みだった。だからこそ、日本の企業は、こうした集団作業にフィットする人材を求めてきた。もっと言うと、日本の学校教育は、そうした人材になるよう子供を教育してきたのだ。自己主張の強い尖った子供は、生きづらいのが日本の教育現場だ。それは会社に入ったあとも同じだ。会社がそうだから教育がこうなっているのか、その逆かは、「鶏と卵のどちらが先か」問題と同じようなものだが、とにかく実態はこういうものだ。
 ところがテレワークには、場の雰囲気という曖昧なものを拒絶する効果がある。ここに日本型雇用との断絶がある。

◆ジョブ型に向けて
 では、日本企業は、日本型雇用を乗り越えて、ジョブ型を導入することはできるのだろうか。少し前までは、日本企業ではジョブ型は無理だと考えられていた。もしその考え方が正しければ、新型コロナショックが終息すると、テレワークも終了し、元の勤務態勢に戻ってしまうことになろう。
 しかし、ほんとうにそうなるだろうか。本連載でも何度か言及しているように、私たちはすでにデジタル・トランスフォーメーション(DX)の渦中にいる。この動きが進むと、企業内の業務に、AI(人工知能)やRPA(Robotic Process Automation)などのデジタル技術がどんどん取り入れられていくだろう。そのとき企業は、現在、従業員にさせている業務を洗い出したうえで、何を機械にさせるか仕分けをすることになる。その過程で、これまで集団作業に埋もれて曖昧だった従業員一人ひとりの仕事の内容が明確化され、個人のやるべき仕事の範囲が再定義されていくのだ。こうしてジョブ型へと進む。ジョブ型になるとテレワークが進むというほど話は単純ではないが、テレワークがジョブ型と相性が良いのは明らかだ。
 これまで日本企業でジョブ型雇用が広がってこなかったのは、DXの流れに乗り遅れていたからだ。しかし日本企業も、さすがにこのような後進性に甘んじているわけにはいかなくなった。日本経済団体連合会(経団連)の現在の会長は、日立製作所出身だ。デジタル技術の威力を十分に知っているはずだ。実際、経団連は、ジョブ型の雇用を増やしていく姿勢を鮮明にしている。新型コロナショックは、それを後押しすることになろう。テレワークに向けた環境整備は、着実に進みつつある。

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著者略歴

  1. 大内伸哉(おおうち・しんや)

    1963年神戸市生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。神戸大学大学院法学研究科教授。博士(法学)。労働法を専攻。著書に『君は雇用社会を生き延びられるか』(明石書店、2011年)ほか多数。SHINYA OUCHI Web Site:http://www2.kobe-u.ac.jp/~souchi/

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