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私とあなたのあいだ――この国で生きるということ

第13便 木村友祐より(第4章 文学と社会のあいだ)

温又柔さま

 

 気がつけば、朝方と夜には、ともすればエアコンを切っても大丈夫なほど気温が下がるようになってきましたね。

 ぼくのほうは、この2週間のうちで、またもや猫に関して大きな変化がありまして(猫の話はもう食傷気味かもしれませんが……)。アパートの前で面倒をみていた外猫の茶白を、ついに家に入れることにしたのです。緊張感に満ちた茶白の捕獲(指一本流血しました)、動物病院での検査(4万円近くかかりました)、家に連れてきてケージに入れた茶白が熱をだしてずっと鳴くのを看護したりと、お盆休みの10日間は、すべてそのことで終わってしまいました。

 さて──。

 前回いただいたお便りは、表現の自由が大きく揺さぶられた情況に対する切迫した危機感がみなぎるものでした。〈書きたいことを書かせてもらえない〉〈書きたくなくとも、書けと命じられて書かされる〉。さらに、日本国籍保持者ではない弱みをがっちり握られて、政府に都合よく利用されるのではないか、そうしなければこの国にいることが許されなくなるのではないか、という不安……。

 まさに今のぼくらは、それらの最悪の事態を、実際に起きるかもしれないこととして生々しく想像できてしまう段階にきていますね。その“暗澹たる現在地”を浮き彫りにしたのが、「あいちトリエンナーレ2019」内の企画展である、慰安婦を連想させる少女像や昭和天皇をモチーフにしたと思わせる作品が展示された「表現の不自由展・その後」がわずか3日で中止に追い込まれたことですが、おそらくだいぶ後にこの事件を振り返ったとき、これもまた、言論統制・検閲支配の世の中へと移行する過程のひとつだったのだと認識されるのではないかと思います。というのも、この国の負の歴史やタブーにふれる表現の封殺は、この事件が最初ではないし、これで終わりでもないと思うからです。事態はまだ進行中で、これからもっと深刻な事態が起きてくるのではないかと予想しています。

 そもそも、なぜぼくらは、ぼくらと同じ「人間」であり、生まれつきだれもが平等だと口では言いながら、皇族の人たちを呼ぶときには必ず「さま」をつけるのでしょうか。また、天皇について自由に書くことをためらうのでしょうか。それは、かつて起きた右翼による暴力を思い起こすからではないでしょうか。とすれば、すでにテロに屈しているといえないでしょうか。

 国際情勢においては、あるとき突然国境が変わる、ということはありますが、国内の社会が変質することに関していえば、「決定的な変化がいきなりわかりやすく訪れる」というわけではないように思います。関心がない者には些細に思えるような事柄から段階を踏んで少しずつ変化は起きていて、あるとき、だれもが前とはちがう変化に気づいたときには、(オセロの盤上の石が一気に黒に裏返るように)もはや取り返しがつかないほどの決定的な変化で前後左右を埋めつくされていることになっているのではないか、と思います。「表現の不自由展・その後」は中止になりました。だからといって、今すぐに世の中から表現の自由がなくなるわけではありません。でも、これから10年先には一体どうなっているでしょう。

 先ほど「事態はまだ進行中」と書きましたが、国家の負の側面やタブーについての言及があからさまに攻撃されるような今の状況が生まれたのは、自然発生なんかではありません。先日観た、慰安婦を否定する論者の欺瞞を暴いた『主戦場』というドキュメンタリー映画では、安倍晋三をはじめとする歴史修正主義者(=歴史改竄主義者)の政治家らが、教科書に慰安婦の記述を載せないといった働きかけをコツコツ執念深く行ってきて、一つずつ成果を積み上げてきたことを明快に伝えていました。ダムの壁に穿たれたちいさな穴は、やがて水圧で亀裂を広げ、決壊へと向かわせる原因となるでしょう。世間の人々に気づかれないところで、穴は、用意周到にすでに穿たれていたのです。

 極右の政治家がある時点から台頭してきた欧米とはちがって、この国では敗戦後も極右思想を持った政治家が生き延び、政治の底で蠢いて、根を張ってきたのでしょう。それ自体が大問題ですが、より深刻なのは、彼らのそのような行為がたとえ明るみに出たとしても、彼らを支える世論はとくに変わらないだろうということです。……なんだかお腹の底がぐりぐりしてきますね。

〈書きたいことを書かせてもらえない〉〈書きたくなくとも、書けと命じられて書かされる〉。ぼくはさらに、もうひとつの状況も思い浮かべました。作品を発表する場をすべて失うことです。文芸誌や新聞、ウェブといったあらゆる媒体が、ぼくが書いた文章を掲載しなくなる。原稿収入が途絶えて生活が苦しくなったところに、さらにSNSのアカウントも凍結されたとすれば、自分の声を遠くへ届ける手段は一切封じられることになります。

 作家を殺すには、じつは、刃物も銃器も拷問も必要ないのだと思います。発表の場をすべて取り上げたり、メディアがその存在を完全に黙殺すれば、いないも同然になりますから。生きてはいても、書き手として社会的に抹殺された状態です。影響力を潰したいなら、それだけで目的はほぼ達せられるでしょう(それだけで許すかどうかは疑問ですが)。

 さいわい、書き手だけではなく、今のこの国に対する危機感を共有している出版人はたくさんいます。信頼のおけるその人たちの本づくりにおける抵抗や、有形無形の励ましと支えがあるから、まだまだ自分の声を発する場が保持されています。

 でも、もしもこれからそうした場がことごとく潰されていったとしたら、ぼくはどうするのか。「小説家」としての社会的立場が無効化されたら、もう書かなくなるのか。

 前のお便りで温さんは〈木村さんは、「小説を書いている」から、「作家」であるから、‘そんなふうに’生きているのですか?〉〈作家としての責任を果たそうとするあまり、ご自身を必要以上に追い詰めているように思えて……〉と、一抹の危惧を表明してくださいました。

 先にお答えするなら、小説を書いているから無理をしている部分もあるけれど、義務感だけで書いているわけではなくて、自分が読みたいもの、他人に読ませるに足るものを書こうとすればそうなってしまう(痛みを自分に強いるようになる)のでした。そしてこれには、そうせざるをえないぼく自身の“必要”もあるのです。というのも、これまでの経験上、自分が知っている世界だけ、自分のイメージだけで書いたものは、必ずといっていいくらいボツになってきたので……。しかも、皮肉なことに、書きあげて「いいものが書けた」と思ったときほど、そうなのでした。

 ぼくが小説に惹かれるようになった入り口は、じつは「ザ・日本文学」というような私小説でした。だから、デビュー前にはそういった私小説的作品を書いていたのですが、深い教養があるわけでもなく、ほかの人には思いつかないようなユニークな感性があるわけでもないぼくが私小説を書いても、だれも読まないという事実にまず突き当たりました。そうと気づいたとき、自分の存在を丸ごと否定されたようで苦痛でしたが、いったん自分を突き放して他人をモデルにして書いたとき、ようやく小説が書けたような気がします。その作品が、ぼくのデビュー作になりました。

 それとともに、ぼくという書き手は、自分が見知ったものの“外部”に体ごと出て、手に負えない異質な現実とぶつかって、勝ち目のない取っ組み合いをしたときに、火花が散るというのか、なんとかマシなものが書けるみたいなのです。これは書き手の「質」の話で、ぼくはそうするしかないのですが、自分が結局、そのような“外部”を感じさせるものを読みたいし、書きたいのでした。そうした“外部”を経由するなかで、温さんが書いてくださったように〈‘おれはここにいる’、‘おれもここにいるんだ’〉と叫んでいるのだと思います。

 そういう書き方は苦しい部分もありますが、でも、書いているときに登場人物を通して思いがけない言葉が出てくると、よくこんな言葉が出てきたなと、自分で感心したり、発見の喜びを感じるのです。自分で書いた冗談に自分で笑っていることもよくあって、書くことの愉悦はいつも感じています。自分の知らない一面に出会えたり、現実原則から外れて遊べるのが小説のいいところです。

〈女性を書くときは男性を主人公にして書くときと、何か、意識のちがいはありますか?〉とのご質問には、自分のなかの女性性を働かせて書いているように思います。ただし、それは想像できる範囲内(男性と共通する部分)でしか書けないことは自覚していて、女性の体の感覚までは到底書くことができません。それでもぼくが女性を主人公にして書くことがあるのは、やはり、自分から引き離す必要があるときにそうするのでした。

 さて、ここでもう一度、先ほどの自問にもどります。発表の場を失い、小説家としての立場が無効化されたとき、ぼくはそれからも書きつづけるのか。ひっそりと地下出版したり、あるいはむしろ表に出て、路上で自作を朗読するといった行動をとるのか。つまり、小説家がどうこう以前に、ただの一個の表現者になれるのか。

 かっこよく即答はできないけれど、たぶん、そうするだろうと思います。そうした情況をつくった「持てる者」たちへの怒りが決定的に刻印されているだろうからです。その場合の表現は、直接的な表現から、象徴的・隠喩的な表現に移行することになると思いますが、書くことへの衝動は、もしかすれば、今以上に湧き上がっているかもしれません。

 ただ、ぼくがここで温さんに伝えようと思うことは、ついさっき「即答はできない」と書いたことの、心の揺れのほうです。モノを言えば弾圧されることが明らかな状況で、自分はどうするかと考えたとき、ぼくは一瞬、沈黙する自分を想像しました。沈黙して抵抗をやめるという意味ではなく、弾圧の暴風が外で吹き荒れるのをじっと耐えながら、効果的な抵抗の策を練るというイメージです。

 ですが、そこでふと、温さんとぼくの立場のちがいのことを考えたのです。というのも、あたかもサイレントマジョリティのなかへ埋没するようなその選択が可能なのは、このぼくが、日本生まれの日本国籍者という、日本のなかでは圧倒的なマジョリティだからではないかと思ったからです。沈黙してさえいれば政府からもネトウヨからも攻撃されることはないだろう、日本生まれの日本国籍者だからこそ。

 対して、温さんはどうでしょうか。声を上げなければ自分や同じ境遇の者たちが感じている痛みに気づいてもらえない外国籍の書き手として、〈Vocal minority〉となって抵抗の発言をつづけなければならず、そのことによって政府からも世間からもつねに圧力を受けざるをえない立場に置かれてしまうかもしれません。

 つまり、その気になればサイレントマジョリティに埋没できるぼくとはちがって、温さんには逃げ場がないのではないか。そんなときに、ぼくやほかのマジョリティの書き手が沈黙して、ひっそりと暴風がやむのを待っていたら、温さんのようにサイレントマジョリティになることができない、逃げ場のない者たちはどうなってしまうのだろう、そう思いました。

 10年前に一緒に小説家デビューしてから、温さんには、同じ方向をめざしている同志としてずっと連帯感を覚えているのですが、実際はそのように立っている場所がちがうこと、温さんのほうが様々な局面で厳しい立場に置かれているだろうことは、‘ぼく自身が’認識していなければならないのだと思います。なぜなら、マジョリティに属する自分の自明性を当然のことと思ってしまえば、そのぬくぬくした温室の外に広がる現実が見えなくなってしまうからです。ぼくはやはり、“外部”に出て、現実そのものを感じたいのです。というか、マジョリティとして、その責任がある。

 これは、自分がこの社会で既得権益を享受する側の男性であることや、異性愛者であること、また、体に不自由のない健常者であることについても同じことがいえるでしょう。あらゆる自明性を疑い、“外部”に出ることには痛みがともないますが、マジョリティであるぼくには、それは必要なことなのです。そして、その視点があるから、ようやくこうして温さんと同じ場所に立って、言葉を交わせているのではないでしょうか。

 “外部”に出ること──、この往復書簡でぼくは、もしかしたら、くり返しそのことの重要性だけを語っているのかもしれません。

 でも、これはただ無理をしているばかりではありませんよ。温室内の整ったエアコンの風よりも、ざわざわした外の現実の風を浴びるほうが、ぼくは心地いいのです。

 生まれてはじめての、そして一回限りだろうこの人生で、人はそこで、どんな言葉を発するのか。たまたまそこに属することになった社会で、こんなにも理不尽がまかり通っていることを知ったとしたら。

 ぼくはやはり、おかしいものはおかしいとちゃんと言いたいです。小説を書くことって、自分をどんどん圧迫してくる社会に対して、両肘をグイッと広げて、自分が生きる領域を確保するようなものだと思いませんか? 

 ただ、抑圧が高まる一方のこれからに向けては、闘い方もこれまで通りのやり方ばかりではなく、いろいろと考えていかなければならないように思っています。

 

 2019年9月4日

 木村友祐

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著者略歴

  1. 温又柔(おん・ゆうじゅう)

    1980年、台湾・台北市生まれ。3歳より東京在住。2009年、「好去好来歌」で第33回すばる文学賞佳作を受賞。両親はともに台湾人。創作は日本語で行う。著作に『真ん中の子どもたち』(集英社、2017年、芥川賞候補)、『台湾生まれ 日本語育ち』(白水社、2016年、日本エッセイストクラブ賞受賞、2018年に増補版刊行)、『「国語」から旅立って』(新曜社、2020年)など。

    撮影/朝岡英輔

  2. 木村友祐(きむら・ゆうすけ)

    1970年、青森県八戸市生まれ。2009年、『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。小説に『聖地Cs』(新潮社、2014年)、『イサの氾濫』(未來社、2016年)、『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(新潮社、2016年)、『幸福な水夫』(未來社、2017年)、『幼な子の聖戦』(集英社、2020年、芥川賞候補)。

    撮影/尾島敦

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