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私とあなたのあいだ――この国で生きるということ

第11便 木村友祐より(第3章 持てる者と持たざる者のあいだ)

温又柔さま

 

 先日の「鉄犬ヘテロトピア文学賞」のイベントでは、「おかしいことに口を閉ざさない、そう腹を括った」と笑う温さんに、ぼくも勇気と力をもらいました。時々なんだか、ぼくらが思う文学とは別のところで“文学的現実”が形づくられていくような気持ちになることもありますが、地道にしぶとくふてぶてしく、温さんやぼくにとっての文学をかたちにしていきましょう。
「鉄犬ヘテロトピア文学賞」は、それを示すための最重要の活動のひとつですが、志が似ている文学賞がもうひとつありますね。温さんもよくご存知だと思いますが、ぼくらが敬愛する作家の星野智幸さんが選考委員を務めている「路上文学賞」です。これは、路上生活者、路上生活を経験したことのある人、ネットカフェに寝泊まりしている人など、広い意味でホームレス状態にある人が応募資格をもつ文学賞です。原稿用紙10枚以内の文学作品を書いて応募すれば、星野さんがそれを読み、受賞作を選びます。
 この賞では、自分の言葉・自分の生活のなかで実感のある言葉で書く、ということを応募者に求めています。ホームレス状態にある人は、つねに他人の目を恐れて生活しているがゆえに、外に向かって話すとなると無意識に他人が期待する「ホームレスのイメージ」に沿って話してしまう傾向がある、でもそうではなくて、視点は自分の側に持って書いてほしい、ということです。
 そのメッセージにぼくは、卑屈にならなくていい、世界を見返す足場はあなたの側にあるのだ、そこから見える世界を教えてほしいと言っているように思えて、胸を打たれたのでした。
 だからこの賞には、ふだん、日陰者扱いされて路上で暮らす方々が、ようやく外に向けて自分の言葉を発した作品が集まります(星野さんは、その大切な作品をランク付けして選ぶときがいちばんつらいと話していました)。これまでの受賞作品はホームページ(https://robun.info)で読めますが、読むと、そこには驚くほど様々な世界、言葉があって、ぼくの中にできあがっていた「ホームレス状態の人」のイメージが一気にぶち壊されます。
 ぼくがたまに駅構内で寝ている人に食べ物を渡したり、多摩川の河川敷で暮らす野宿者(といっても彼らは自作の小屋で暮らしているのですが)のことを小説に書いたりしたのも、そのきっかけのいちばんはじまりには、おそらく星野さんの「路上文学賞」の活動の影響があったように思います。
 というのも、文学にたずさわる者は、野宿者(あるいは路上生活者)のことをはじめとする“社会的な事柄に属すること”にかかわってはいけないのではないか、と思っていたからです。文学とは、野宿者支援や生活困窮者支援といった、“社会的な正しさ”とは別のところで達成されるべき芸術表現なのだと。
 それはそうだと今でも思いますが、そうした考えを絶対視していたころは、その考えの背面にある、社会の問題と文学を峻別することの独善性や自閉性のことにまでは考えがおよびませんでした。
 20代のときのぼくは、「社会の問題と文学がやるべきことは別」であることを内心の言い訳として、駅の構内で寝ている人たちを見て複雑な気持ちになっても、ただそのまま素通りしていました。家がなくて駅で寝るような“特別な人たち”にかかわれるのは、それにふさわしい団体の“特別な人たち”なのだとも思っていました。心のなかで“こちら側”と“あちら側”を分けていたのです。
 では、今はその境界をなくせたかといえば、以前よりはそうかもしれませんが、簡単に近づけない場合も厳然とあります。電車のなかで強烈な臭いを発している人のそばには、自分から近づくことができません。また、先日、仕事で池袋駅西口のある駐車場に車を止めたところ、上半身裸、下はズボンを下げて、下着を丸出しで寝ている男性がいました。まだぼくと同世代の40代くらいに見えました。
 白昼堂々、そのような破れかぶれの無防備な格好で寝られるのは、精神疾患があるのだと推測されます。安心できないつらい日々を強いられるせいでしょう、あるいは心の障がいのために社会から弾かれて路上に出てしまったのかもしれませんが、野宿者には精神疾患を患っている人が多いといいます。黒い下着は所々破れかかっていましたが、股間はかろうじて覆われていました。脚の皮膚は、皮膚病のように白い斑点があちこちにできています。
 このときは、ぼくは何もできない、しませんでした。その人が寝ていたというのと、そばに拾ったものなのか、だれかにもらったものなのか、手つかずのみたらし団子のパックや弁当が置いてあったから、というのもありますが、何よりも、これは自分の手に負えないと感じたのです。
 そのような状態にいる人たちを見て、ぼくらが目を背けたくなるのは、臭い、汚いという不快感情を喚起させられることと、公衆の面前で股間を露わにしてはならない、外でむやみに寝転がってはならない、などという人間社会のルールを軽々と越えてしまう存在に対する恐れがあるからかもしれません。ぼくらが必死で理性的な社会人であろうとしている努力を、彼らは身も蓋もなく無効化してしまう。だから、認めたくない、認めてしまうわけにはいかない。そしてある面では逆に、彼らを目の端で見ることで、自分はああいう“あちら側”には行きたくないし、まだ“こちら側”にいるという安心感を確認する。
 当然のことをあえていえば、野宿者も、ぼくらと同じ「人」です。これはまったく真実で、この真実を一ミリもずらしたり留保したりするわけにはいきません。“あちら側”も“こちら側”もあるわけがない。でも、場合によってはおいそれと近づくことができないこともある──。
 しかし、この葛藤は、葛藤のまま、保持しておくべきものだろうと思うのです。なぜなら、葛藤することの厄介さを手放して自分とはちがうと線を引いてしまったら、そのような異質な人たちを、今度は「ゴミ掃除」として罪の意識もなく暴力をふるって惨殺したり、笑いや娯楽の対象にすることにつながってしまう恐れがあるからです。
 ぼくが多摩川の河川敷で暮らす人々の小説を書く際に話を聴かせていただいたひとりの男性が、TBSの情報バラエティー番組で「“人間の皮を被った化け物”ホームレス 犬男爵とは!?」などというおどろおどろしい字幕つきで紹介されました。その男性は、空き缶や廃材を拾ってお金に換え、捨てられた犬15匹以上の面倒を見ていた方だったのですが、番組では明らかに怪しい危険人物のように演出していました。河川敷の不法占拠を糾弾し、近隣住民の不安を代弁するという「正義」を盾にしながら、視聴者の憂さ晴らしを提供するという娯楽ネタとして消費していたのです。それはどこか、笑いながら集団リンチするような陰惨なものがありました。
 実際、その番組は、のちにBPO放送倫理検証委員会から、男性の人格を傷つけ、ホームレスの人々への偏見を助長する恐れがあるとして、放送倫理違反だと指摘されました。ですが、ぼくが別の部分で空恐ろしくなったことがあります。番組が問題視されているさなか、その方に会って経緯を聞いたところ、番組の制作スタッフとその方は、撮影前に近くのコンビニのテーブルで打ち合わせをしていたそうなのです。
 つまり、その方の実際の素顔を知りながら、制作者は『迷惑モノ』を撮るために、怪しい危険人物に接近するという演出を採用したのでした。その方に「怒鳴って出てきてほしい」と注文までつけて。視聴者の興味をひくというテレビのシステムのために、ホームレスの人=恐い・違法・好き勝手やってる人というイメージを温存し、立場の弱い野宿者である男性の人間性をないがしろにしたわけです。
 偏見とは、相手について「知らない」ことで生じる不安や違和感を納得させるために生まれるものかもしれません。それは、不安や違和感を覚える自分を正当化するために築かれる「幻想の壁」なのだと思います。でも、そこから一歩を踏みださないうちは、いつまでも相手の実像に迫ることはできないですよね。実際に会って素顔を知れば、その幻想の壁などすぐに消えてしまうものです。
 だから、前のお手紙で温さんがいみじくも指摘なさった「持てる者」の側に属するぼくら表現する者、報道する者には、その素顔を伝えることこそが最大の務めであるはずなのに、その制作者は、目先の視聴率欲しさのために(自分の給料を確保するために)、度しがたい怠慢、差別を増幅するという本末転倒を犯したのです。
 ぼくが会ったといえる河川敷の人々はたったふたりですが、驚くことばかりでした。先ほど書いた男性の、とても丁寧でおだやかな話し方や、犬たちのために住まいの小屋を明け渡し、自分は外でブルーシートを張ったダンボール小屋で寝ていることもそうですし、小説の主人公のモデルとなった別の方は、はじめてぼくが声をかけたとき、自分の隣にあった椅子を「どうぞ座って」というように手で示してすすめてくれました。ぼくらがやることと何も変わらないそのしぐさに、ぼくは驚いてしまったのです。ふつうにコンビニで買うし、銭湯にも行く、たったそれだけのことにも驚きました。そして、ふたりとも、もともとは建築現場の現場監督や鉄塔の保守管理でバリバリ働いてきた方なので、話す内容も理路整然としているのでした。
 これは、最近観たドキュメンタリー映画『東京干潟』(村上浩康監督)に出てくる、シジミをとって生計を立て、何匹もの猫たちの世話をするおじいさんにも共通するものでした。竹中工務店で働き、そこから独立して鉄塔関連の会社を興したものの、事故で片目を失明して部下に会社をゆずり、多摩川沿いで暮らすようになった。でもおじいさんは「今がいちばん幸せだ」と言うのです。何時間も川に入って素手で泥を探り、ようやく数キロのシジミをとっても買い叩かれて2千円ほどにしかならない。猫の餌と自分の食べ物と缶酎ハイを買ったらもうそのお金はなくなるのに「幸せだ」と。そして、オリンピックに向けた今の建設ラッシュは、自分が現役だったころのバブルの時代を思わせて、そのバブル崩壊で苦しんだ仲間を知るがゆえに、建設ラッシュの光景を見るのがイヤなんだと言っていました。時代の本質をちゃんと見通しているのです。
 偏見を吹き飛ばすには、素顔を知ることがいかに有効か。これは野宿者にかぎりません。肌色や顔つき、文化の異なる外国籍の人に対しても、あるいは性的少数者や、身体または精神に障がいのある人に対する偏見にも、同じことがいえます。
 ですが……、ここで変なことを温さんに聞いてみます。これは不自然なことなのでしょうか。異質なものに対しておぼえた自分の違和感や不安を信じないようにして、「幻想の壁」の向こうへ自ら歩み寄ろうというぼくの考えは、作り手でもない一般の人々には、不自然さを強いることなのでしょうか……?
 たしかに、ぼくはある意味、無理をしています。自分が知らない世界を知ろうとして、日常から自分を引き剝がす痛みを自分に強いています。これを一般の人に強いるつもりはありませんが、自分が見知ったことを伝えたいとは思います。でも、もしぼくが小説を書いていなかったら、そこまでしただろうかと思うと、正直、心もとないのです。
 ただ、たとえぼくが無理をしているのだとしても、これだけは言えるんじゃないかと思うのです。「人権」や「いのちの尊厳」という考え方自体が、そもそも新しい、人工的な考え方なのだと。ぼくら人間に備わる感性をすべて野放しにしたら、きっと、力を持つ者が欲望のままに力なき人々を支配する奴隷制の時代に逆戻りします。その苦しみのなかから血まみれでつかみ取られた「人権」や「いのちの尊厳」の考え方は、無理をしてでも意識的に保持する努力をつづけなければ、霧散してしまうのだと。
 その認識のうえで、今ぼくが懸念しているのは、「階層の固定化」が進行しているのではないか、ということです。これは自己責任論の蔓延と通じるのですが、経済的な余裕または健康で容姿が整った身体など、生まれつき恵まれた条件を与えられた「持てる者」が、それをあたかも自分の実力の結果のようにみなして開き直ってしまうなら、富裕層から貧困層までのそれぞれの階層が固定化され、共感の回路が閉ざされてしまうのではないでしょうか。そうなると、下部の階層にいる人々の生活問題も放置されたり、自分とは異なる人々への差別や排除もなくならないのではないか、と危惧しているのです。
 この上下の階層を縦に貫くビジョンを提示するのが表現者の務めだろうと思うのですが、たとえば野宿者のことは、ほとんど小説で書かれることがありませんね。書くことには相当なモチベーション、感情の昂りが必要です。とすると、文学業界で主流とされるみなさんが野宿者のことを書かないということは、すなわち、結局はみんな関心がないのだろうと、あえて意地悪に言っておきます(そう言うぼくも一回しか書いていませんが)。
 前回の温さんのお手紙を読んで、たしかにそうだ、「持てる者」と「持たざる者」というテーマは、所得の格差のことだけではないのだと気づかされました。ぼくをふくめて、男性は生まれながらに既得権益を所与されている「持てる者」です。それをまるで当然の権利のようにみなし、女性を「産む機械」のように見下す輩がまだごろごろいる、そしてそうした輩が政治を動かしているという暗澹たる状況がつづいています。女性と男性の性差による格差ばかりか、明らかに女性にレイプした男を裁判所が無罪にするという、男性優位を補完するような異常事態すらまかり通っています。こんな狂った社会で、女性は心から安心して暮らせるでしょうか。
 先日は参議院選挙があり、かつて東京都議会で妊娠や出産、不妊に悩む女性への支援を訴えていたさなか、男性議員から「産めないのか」とヤジを飛ばされた元都議の女性が当選しましたね。よかった、と思いました。ざまぁみろとも思いました。
 女性が子どもを「産む」「産まない」ことと、国益を結びつけて考える時代錯誤かつ女性差別の考え方は、一体、いつになればなくなるのでしょうか。個人一人ひとりの充足よりも「国益」を持ちだす考え自体が、戦争前夜を思わせて、すでに危うすぎる。女性に対するそのような視線と、個々の人間よりも国家のために政治を行おうとする考え方はセットになっているのです。
 ああ、今回はまた、ずいぶん長くなりました。最後に、今ぼくが書いている小説について少しだけ。今書いている小説は、ある地方の村長選の話です。志も発想力も人望もある人物が、女性と若者の支持を得て村長選に出たものの、大きなものに巻かれた村の男たちによって潰されてしまったという物語を、実話をもとに、ちょっと変則的な角度から描いています。願わくば、その村の光景に、日本そのものが映るようにと思いながら。 

 

 2019年7月28日

 木村友祐

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著者略歴

  1. 温又柔(おん・ゆうじゅう)

    1980年、台湾・台北市生まれ。3歳より東京在住。2009年、「好去好来歌」で第33回すばる文学賞佳作を受賞。両親はともに台湾人。創作は日本語で行う。著作に『真ん中の子どもたち』(集英社、2017年、芥川賞候補)、『台湾生まれ 日本語育ち』(白水社、2016年、日本エッセイストクラブ賞受賞、2018年に増補版刊行)、『「国語」から旅立って』(新曜社、2020年)など。

    撮影/朝岡英輔

  2. 木村友祐(きむら・ゆうすけ)

    1970年、青森県八戸市生まれ。2009年、『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。小説に『聖地Cs』(新潮社、2014年)、『イサの氾濫』(未來社、2016年)、『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(新潮社、2016年)、『幸福な水夫』(未來社、2017年)、『幼な子の聖戦』(集英社、2020年、芥川賞候補)。

    撮影/尾島敦

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