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テレワークがもたらすもの ─呪縛からの解放─

第1回 テレワークとはなにか

◆総理大臣が要請するテレワーク
 新型コロナショックの影響で、テレワークをする会社員が増えた。少し前までは、テレワークといえば、東京オリンピックの開会式(7月24日)に備えた予行演習として2017年から毎年行われてきた「テレワーク・デイズ」が話題となったくらいだった(https://teleworkdays.jp/)。本番が延期になり拍子抜けしていたところに、全く予期せぬ形で新たな「テレワーク・デイズ」が始まった。
 「これまでもテレワークの実施などをお願いしてまいりましたが、社会機能を維持するために必要な職種を除き、オフィスでの仕事は原則自宅で行うようにしていただきたいと思います。」
 これは、安倍晋三首相が2020年4月7日の記者会見での発言だ(https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0407kaiken.html)。
 現職の総理大臣が、国民に対して直接「テレワーク」を要請するのを聞いて、「テレワーク推進論者」には感慨深いものがあるだろう。

◆「働き方改革2.0」では主役に!?
 もちろん、政府関連の文書に「テレワーク」という言葉が盛り込まれることは、別に珍しいことではなかった。例えば2013年6月14日、政府が発表した「世界最先端 IT 国家創造宣言」では、次のように書かれていた。
 「若者や女性、高齢者、介護者、障がい者を始めとする個々人の事情や仕事の内容に応じて、クラウドなどの IT サービスを活用し、外出先や自宅、さらには山間地域等を含む遠隔地など、場所にとらわれない就業を可能とし、多様で柔軟な働き方が選択できる社会を実現するとともに、テレワークを社会全体へと波及させる取組を進め、労働者のワーク・ライフ・バランスを実現する。
 このため、特に就業継続が困難となる子育て期の女性や育児に参加する男性、介護を行っている労働者などを対象に、週一回以上、終日在宅で就業する雇用型在宅型テレワークにおける、労働者にやさしいテレワーク推奨モデルを産業界と連携して支援し、2016年までにその本格的な構築・普及を図り、女性の社会進出や、少子高齢化社会における労働力の確保、男性の育児参加、仕事と介護の両立などを促進する。
 また、行政機関としても、引き続き、テレワークを推進するなど、ワークスタイルの変革を進めることが重要である」
 ワーク・ライフ・バランスの実現という文脈だったが、この宣言がされたときには、いよいよテレワーク時代が幕開けしそうな予感がただよっていた。
 その後、安倍政権の看板政策として発表された「働き方改革実行計画」(2017年3月)には、「柔軟な働き方がしやすい環境整備」という政策課題があり、そこでテレワークは、「時間や空間の制約にとらわれることなく働くことができるため、子育て、介護と仕事の両立の手段となり、多様な人材の能力発揮が可能となる」として、重要な役割を与えられていた。
 ところが、「働き方改革」の目玉は、あくまで長時間労働の是正や同一労働同一賃金だった。これらは次々と法改正で実現されたが、テレワークは脇役の地位にとどまっていた。
 テレワークは政府にとってアピール度のある魅力的なテーマだが、これまでもかけ声倒れとなりがちだった。何よりもまず、テレワークを扱う役所も統一されていない(総務省、国土交通省、厚生労働省など)し、より根本的な理由として、政府の職員自身がテレワークに取り組めていないので、民間に声をかけても説得力がなかった。
 しかし、状況が変わった。「働き方改革2.0」では、テレワークは、脇役から主役に躍り出るかもしれない。その機運は高まりつつある。とはいえ、ことはそう簡単ではない。

◆三つのタイプのテレワーク
 「テレワーク」には三つのタイプがある。「在宅勤務」「モバイルワーク」「サテライトオフィス勤務」だ。いま言われているテレワークは、このうちの「在宅勤務」だ。外出自粛要請とセットになっているからだ。「モバイルワーク」は、モバイル端末を使って外出先で仕事をするというタイプのもので、これは目新しい働き方ではない。携帯電話をもった外回りの仕事がこれにあたり、営業マンのほとんどがやっているものだ。「サテライトオフィス勤務」は、本来の勤務地以外の場所で仕事するタイプのものだ。企業が自前のサテライトオフィスをもっていることもあるが、多くは、レンタルオフィスなど(コワーキング・プレイス、シェア・オフィスなど呼び名は多様だ)を利用している。これは少し前から急速に広がってきている働き方だ。
 「在宅勤務」「モバイルワーク」「サテライトオフィス勤務」は一見違うようだが、これが「テレワーク」として括られているのは、本来の勤務地から離れて仕事をする点で共通しているからだ。ポイントは「テレ」という言葉にある。「テレ」は英語の「tele」という接頭語で、ギリシア語起源で「離れて」という意味だ。同じ接頭語を使う言葉としては、telephone、television、telepathyなどがある。離れた人と音声(phone)をやりとりするから電話となり、離れたところから画像(vision)が届くからテレビになり、離れた人の感情(pathy)が届くからテレパシーとなる。離れて労働(work)をするからテレワークだ。

◆40年進展がなかったが……
 研究者のあいだでテレワークに注目が向けられたのは、決して最近のことではない。以下に紹介するのは、法政大学名誉教授の諏訪康雄先生が2003年に発表した「テレワークの導入をめぐる政策課題」という論考の冒頭の一節だ(現在は、『雇用政策とキャリア権―キャリア法学への模索』(弘文堂、2017年)に所収)。
 「新しい労働の方式としてテレワーク(telework)が登場してから、はや4半世紀以上が経過した。日本で注目されるようになった1980年代初頭からでも20年以上が過ぎた。
 ところが、その普及はまことに遅々たる歩みである。なるほど、何らかの方式で情報機器を用いて働くことは通例化した。仕事場以外の自宅や通勤途上でeメールを読んだり、打ったりする程度のことは、かなり広く行われるようになった。たが、これが働き方として正面から位置づけられている様子はほとんどないし、通常の職場に出向かないまま、通常のオフィスワークを、通常のオフィス時間に、自宅などで定期的に行ったいる人はごく少ない」
 そこで指摘されていた内容は、今日もほとんど変わっていない。つまり1980年代から数えて40年近く、テレワークはその可能性を指摘されながらも、普及してこなかったのだ。なぜこれほどにテレワークは日本社会に阻まれてきたのか。その謎を探ることが、今後の働き方を考えていくうえでの重要なポイントとなる。

◆テレワークの現状
 ところで、いまテレワークはどれくらい行われているのだろうか。いろいろな数字が出ているが、ここで注目したいのが、直近の厚生労働省とLINEの調査だ(2020年4月12~13日)。これによると、オフィスワーク中心(事務・企画・開発など)の労働者のテレワークの実施率は、緊急事態宣言が出される前と比較して全国的に増加しているものの、全国平均で27%にとどまっている(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11109.html)。最も実施率が高い東京でも約52%で、半数程度にとどまっている。日本の首都である東京で、しかもテレワークに向いていると思われるオフィスワーク中心の業務に従事する労働者でさえ、半分近くはテレワークをしていないのは、いささかショッキングだ。
 新型コロナショックの前はどうであったのだろうか。やや古いが、総務省の「平成30年通信利用動向調査」(2018年9月末)(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/190531_1.pdf)のデータがある。それによると、テレワークを導入している企業は19.1%だ。そのうち在宅勤務は37.6%なので、在宅勤務の全体の割合は7.2%となる(この数字には、「部分在宅勤務」も含まれている)、また過去1年間にテレワークを実施した個人は8.5%にとどまる。日本では、本格的にテレワークをしている人は、少なくとも会社員のなかではほとんどいないと言ってもよかった。

◆テレワークの条件
 テレワークをするには、いくつかの条件がそろわなければならない。PCやタブレットなどの情報端末が必要だし、データをやりとりできる通信環境も必要である。しかし、こうした物的条件だけではテレワークは進まない。大切なのは、テレワークを導入するという経営者の決断だ。
 会社員として働くということは、「いつ」「どこで」「何を」「どのように」働くかについて、企業の指示にしたがうことを意味する。これが「雇用」という働き方の本質だ。テレワークは、このうちの「どこで」に関係する。企業から在宅で勤務せよ、あるいは勤務してよい、という指示があってはじめて、会社員はテレワークができる。
 テレワークの導入において経営者がまず考えるのは、それによって生産性が高くなるかどうかだ。しかし、これまで自分もやったことがないし、従業員にさせたこともない働き方を導入するには勇気がいるだろう。よほどの楽観論者でないかぎり、デメリットばかりが思いつくことだろう。従業員はきちんと働いてくれるか、コミュニケーションがうまくとれないのではないか、情報が漏洩しないかなど……。それに、継続的にこれを行うとなると、諸規程の整備のような面倒ごともある(例えば、在宅勤務のための通信費用の負担のあり方は緊急に解決しておく必要がある)。
 それでも、こうしたことであれば、技術的に対応可能だ。実はそれよりも深刻なのは、仕事というものはきちんと職場に出勤して行うべきものだという固定観念だ。都市部ではよく耳にする「通勤地獄」があろうが、お構いなしだ。経営者にこの固定観念があるかぎり、腰を入れて在宅勤務の導入に取り組もうとしないだろう。政府に言われて仕方なくやるという気持ちで、テレワークの指示をしても従業員の生産性は高まらない。これは「予言の自己実現(self-fulfiling prophecy)」の一例だ。
 通勤は、産業革命により、大規模な工場がその立地条件にあったところに建設されるようになり、それまでの職住一体(農民と農地、家内での手工業など)が崩壊してから起きたことだ。それ以降、労働者は通勤という苦行に縛られ、それが徐々に仕事に本質的なものと捉えられるようになった。テレワークの普及には、この前時代的な呪縛から解放される必要がある。

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著者略歴

  1. 大内伸哉(おおうち・しんや)

    1963年神戸市生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。神戸大学大学院法学研究科教授。博士(法学)。労働法を専攻。著書に『君は雇用社会を生き延びられるか』(明石書店、2011年)ほか多数。SHINYA OUCHI Web Site:http://www2.kobe-u.ac.jp/~souchi/

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