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残余の声を聴く――沖縄・韓国・パレスチナ

新型コロナウィルスの流行で露呈するレイシズム:イスラエルの科学的言説による歴史修正主義 早尾貴紀

はじめに

 世界各国を移動制限や国境封鎖までさせるような新型コロナウィルスの流行は、たんなる集団感染症の問題を引き起こしただけではなく、世界中に「レイシズム問題」を爆発的に露呈させた。それは、新型コロナウィルスが中国の武漢から集団感染が始まったことから生じた中国人差別と、それに伴うアジア系の(と見える外観をもつ)人びとに対する差別としてまずは発生した。人を「コロナ」と呼び侮蔑し、ときには暴行へと発展することが、日本も含む世界の各地で多発したのである。すでに民族的な差異など無関係に文字どおりに全世界で蔓延するようになって三カ月ほどが経過したが、なおも「中国起源」をもってアジア系に対するレイシズム的差別の報告が後を絶たない。
 もちろんここで、あらゆる差別が無根拠で不当であるように、実際にその人が中国国籍であっても、そして新型コロナウィルスの感染者であったとしても、レイシズム的差別もまた無根拠で不当であることは言うまでもない。個人の国籍や出自はウィルスと無関係であり、また感染者は治療されるべき患者であって攻撃者ではないからだ。ところが世界の差別はそうした理性的判断からかけ離れたレイシズムを剥き出しにした。その不合理性は、たとえば日本では、その人の外見からは判別がつかないのにひとたび中国籍と知るやとたんに「コロナ!」と名指すような暴言が吐かれることがあった一方で、アジアの外側に出ればすかさず日本人や日系人も含めて同じ「アジア系」として「コロナ!」と名指され暴言・暴行の対象とされたことに、象徴的に表れた。たとえばアメリカ合衆国生まれのアメリカ合衆国国籍者の日系人であろうと、「アジア系」と括られればウィルス扱い、ウィルスを持ち込んだ犯罪者扱いを受けうることがある。人は、現実を離れて思想・感情によって人間集団の線引きを行ない、攻撃的言動を正当化する。
 それに関してイスラエルにおいても典型的な差別・暴行事件が起きた。ある「アジア人」と見える男性が、二人組から「コロナウィルス!」と路上で突然名指され暴行を受け負傷した。もちろん背景には、欧米世界と共通する、イスラエルのマジョリティがもつアジア系全体への蔑視がある。だがこの被害者は実は、イスラエル国籍をもつ「ユダヤ人」であった。厳密に言うと、インドから「ユダヤ人」として帰還法にもとづきイスラエルに移住し、イスラエル国籍を取得したインド系ユダヤ人であった。ここでアメリカ合衆国のアジア系移民(およびその二世や三世)と事情が異なり複雑なのは、このインド系ユダヤ人が、イスラエルで建前として信じられている「単一ユダヤ人種」の一員として、すなわち本来的国民として、ユダヤ人国家イスラエルへの移住政策によって移住を促されてきた移民であった点である。アメリカ合衆国では、ヨーロッパ地域からであろうと、アフリカ地域からであろうと、アジア地域からであろうと、先住民以外はみなどこからかの「移民」であるが、イスラエルの場合は異なる「移民=国民」認識をもつ。以下に述べるように、世界中に遍在するユダヤ教徒だけがイスラエル「国民」の資格をあらかじめ有するものとして移民しているのだ。

1 「単一民族国家」イスラエル

 イスラエルは「ユダヤ人国家」であるとされる。だが、「ユダヤ人」とは誰のことなのかの定義は、あらゆる「民族」についても言えることだが、錯綜しており一義的ではない。最もシンプルに言えば、信仰において「ユダヤ教徒」であることとなるが、キリスト教徒を「キリスト人」、仏教徒を「仏人」とは言わないように、「ユダヤ人」というのは宗教的定義では説明がつかない。実際ユダヤ教徒の人種化・民族化は、文字どおり、近代社会の人種主義や民族主義とともに発生したのであり、その点で「ユダヤ人」という定義は間違いなく、他の宗教・民族・人種との関係性における近代の発明物である。詳述は控えるが、ヨーロッパ近代がキリスト教世界として、同じ啓典宗教であるユダヤ教とイスラームを「異教」として排除していくことと、国民国家化していくことがあいまって、ヨーロッパ世界内のユダヤ教徒とムスリムとは「不純なマイノリティ」として他者化され、物理的に域外へと追放されるか、改宗による同化を迫られるかした。つまり、「国民」ならざる「非国民」とされたのであった。さらに「科学」を装った人種主義が入り込み、ユダヤ人は「異教」であるだけでなく、むしろ改宗したがゆえに、信仰を変えてもなお変わらない「血」によって規定される「異人種」とされていった。
 ヨーロッパ世界におけるこの排外的な反ユダヤ主義が、その反動として、ユダヤ・ナショナリズムとしてのシオニズム運動を、つまりユダヤ人国家論を生み出していく。つまり、国民国家思想を自ら取り込みつつ、同時に、ヨーロッパ至上主義的な人種思想をも取り込んだユダヤ人アイデンティティを形成していった。つまりユダヤ人国家を生み出したシオニズム運動は、ヨーロッパの白人至上主義を共有している。今回の新型コロナ騒動におけるインド系ユダヤ人への暴行の背景にはこの歴史的問題がある。
 イスラエルは「ユダヤ人国家」である、という。その「ユダヤ人」は実体的な人種存在である、という。そうであるがゆえに、ユダヤ人はヨーロッパから異人種として排斥されたし、また、「ユダヤ人国家」を建設したのだ。これが建前だ。したがって、イスラエルの本来的国民は「単一民族(単一人種)」であることになる。しかし、それにもかかわらず、「同じユダヤ人」同士のなかで差別や暴行が起こっているのだ。

2 ヨーロッパ中心主義

 イスラエルには、本音の部分でヨーロッパ中心主義がある。建前で「ユダヤ人国家」だとしても、たんにユダヤ教徒のための国家というわけではないのだ。ではなぜ建前ではなく、その本音のほうを貫いて、ヨーロッパ系ユダヤ人だけの国家を作らなかったのだろうか。建国後のイスラエルは、まずは中東地域から、次にエチオピアから、そしてインドから「ユダヤ教徒」を、「古代イスラエルから世界に離散していったユダヤ人の末裔」として移民することを政策として推進した。これは通常の意味での移民ではなく、古代イスラエルにルーツがある以上、「故郷」への「帰還」なのであり、ヘブライ語では「アリヤー」(「シオンに上る」の意)という。
 これは移民して建国する先のパレスチナ(現イスラエル領とヨルダン川西岸地区・ガザ地区を含む)の人口構成において、ヨーロッパからの(およびヨーロッパからすでに移民していたアメリカ合衆国からの)移民のみでは、先住のパレスチナ人(パレスチナ在住のアラブ人、大半がムスリムとキリスト教徒)の人口を上回ることができず、「ユダヤ人国家」の実現がおぼつかなかったからである。半世紀にわたる移民・入植活動を経てなお、1948年のイスラエル建国直前で、パレスチナ地域におけるユダヤ人の人口は総人口のわずか3割だった。パレスチナの分割とユダヤ人国家建設をめぐる第一次中東戦争で、90万人前後のパレスチナ人を虐殺ないし追放することで、建国されたイスラエル領内に限ればユダヤ人人口が8割を占めることができた。このあたりの経緯は、私がパレスチナ研究者の田浪亜央江さんと訳したイラン・パペ『パレスチナの民族浄化』に詳しく論じられたことで広く知られるようになったので、そちらに譲る。
 問題はその後だ。国是の「ユダヤ人国家」を理想に近づけるためには、できるだけユダヤ人比率を上げたいところだが、現実には欧米からのユダヤ人移民は頭打ちとなり、逆にパレスチナ人は出産による人口増加率が高いために、イスラエル国内のパレスチナ人比率のほうが高まってしまう。そこでまず目をつけたのが、中東の各地に居住するユダヤ教徒であった。アラブ圏(東はイラクから西はモロッコまで)およびイラン、トルコなど、イスラームとキリスト教が広がっている地域では、共通の一神教としてユダヤ教コミュニティが遍在していた。それは一神教内の宗派の差異に近く、それら相互間の改宗も珍しくはなかったからである。当然そこに暮らすユダヤ教徒は、アラブ人のユダヤ教徒、イラン人のユダヤ教徒、トルコ人のユダヤ教徒であった。
 ところが、建国したイスラエルは、このユダヤ教徒たちを人種主義的に「ユダヤ人」として一義的に規定し、そのアラブ人・イラン人・トルコ人といったアイデンティティを否定した。そして「ユダヤ人」である以上はイスラエルに移住すべきだとして、各地で反ユダヤ主義を煽りイスラエルへ移民を余儀なくさせるなどの謀略も辞さなかった。結果として、中東世界のユダヤ人コミュニティは、1950年代・60年代を通してほぼ一掃されてしまうこととなった。その一方でイスラエル国内では、ヨーロッパ出身のユダヤ人「アシュケナジーム」と、中東出身のユダヤ人「ミズラヒーム」の二大ユダヤ人集団が、「単一のユダヤ人種」という建前のもとに結集しつつ、しかし本音としては、異なる集団として分断され、欧米出身ユダヤ人=一級市民、中東出身ユダヤ人=二級市民といった具合に社会階層化されていったのである。
 とりわけアラブ系ユダヤ人(ユダヤ教徒のアラブ人)については、ユダヤ人とアラブ人とが同じ預言者アブラハムを祖とする「兄弟」でありながら、その同族性を否定され、徹底してアラブ性のみを否定されることとなった。何しろ「アラブ」は、戦うべき敵の民族集団なのだから、もはやそれは共存する多義的アイデンティティではなく、自己否定して抹消すべき矛盾となってしまったからだ。このことは、アラブ性を否定したい欲望ゆえに、いっそう「同じユダヤ人種」言説を強化するように作用した。

3 エチオピアとインドからの「黒いユダヤ人」

 さて、中東圏のユダヤ教徒コミュニティが一掃されると、イスラエルへの移民数は頭打ちとなるが、他方でイスラエル国内のアラブ・パレスチナ人の出生による人口増加は止まらない。「帰還」という名のユダヤ人移民政策を推進し続けないかぎり、イスラエルのユダヤ人人口比は下がってしまうことが不可避だ。そこでイスラエルは、世界中で「ユダヤ人」を「発見」しなければならない。
 1980年代には、古代正教を国教とするエチオピアで、ユダヤ教的な文化習慣(コシェルという食物規定やダビデの星)を保持する地域の住民が「ユダヤ人」として「発見」された。イスラエルは政治経済的に混乱状況にあったエチオピア政府と取り引きし、人道的救出という名目で1990年代までに移民させた。ただ、話はこれで済まなかった。紀元4世紀にまで遡るエチオピア正教は、古代ユダヤ教の系譜を色濃く引いており、さらには紀元前10世紀の建国神話における初代王メネリク一世が古代イスラエルのソロモン王の私生児であるとされている。そのため理屈としては、すべてのエチオピア正教徒が元ユダヤ教徒であり、しかもソロモン王の末裔であると強弁することが可能であり、実際、この自称「元ユダヤ教徒」たちのイスラエルへの移民申請は後を絶たず、毎年一定枠の移民を受け入れ続けることとなった。
 このエチオピアからの「ユダヤ人」移民は、肌も褐色で一見して識別されることに加えて、タルムードを聖典とするラビ・ユダヤ教からするとユダヤ教徒としての正統性に疑念もあるため、イスラエル国内では差別を受けることが多い。それにもかかわらず移民が続くのは、移民を出すエチオピア側の経済的動機と、移民を受け入れるイスラエル側の人種主義的動機が、利害関係として一致しているからである。ただただ対アラブ・パレスチナ人との人口比競争で優位を保つために、手段として「ユダヤ教徒」とおぼしき集団を移民政策に利用したと言える。そのため、ヨーロッパ至上主義の強いユダヤ人は、この褐色のエチオピア移民の導入に人種差別的に反対し、反アラブ的主張の強いユダヤ人は、エチオピア移民政策にユダヤ人種論的に賛成するが、結局どちらの側もレイシストであるという皮肉な事態になっている。
 そして次に、冒頭でも「コロナウィルス!」と名指され暴行を受けたインドからの「ユダヤ人」移民である。インドには大きく5つのユダヤ教徒地域・集団がある。そのうちの2つは近代における出自が明白だ。1つは、スペイン・ポルトガルのレコンキスタおよび大航海時代以降の近代化の過程で16世紀以降にイベリア半島や地中海・中東地域から移住してきたグループで、もう1つは18世紀後半以降に東インド会社の進出とともにイギリスなどヨーロッパ各地および中東地域から移住してきたグループである。いずれも大都市圏にコミュニティを作った。
 あとの3つのグループのうち2つについては、出自がよくわかっておらず複数の通説で語られるのみである。1つがムンバイ周辺の「ベネ・イスラエル」で、この集団は古代ユダヤ教的な習慣を保持しているだけで、ユダヤ教の聖典を持っているわけではないという点で、エチオピアのユダヤ人に似ている。もう1つが、「コーチン・ユダヤ人」で、こちらも古代に遡っても諸説が飛び交い起源が不明なユダヤ人集団である。この2つの集団は、インド人が改宗したという説もあり、ユダヤ教的文化をもたらした祖先の伝来は不明だが、その集団は他のインド人と外見上変わるところはない。先の近代以降のヨーロッパや中東ルーツのユダヤ人グループが「白いユダヤ人」と称されるのに対して、こちらの古代からの2つのグループは「黒いユダヤ人」と称される。
 最後の1グループは、まったく別の背景をもっている。「ブネイ・メナシェ」と呼ばれており、古代イスラエルの「失われた10支族」のうちの1つメナシェ族の末裔を自称するも、民族的にはチベット=ビルマ系の山岳民族に属しており、顔立ちも東アジア系である。このグループは、宣教師の影響で福音主義的キリスト教思想を持っていたが、その族長が1951年に「イスラエル帰還」の啓示を受けて回心したことをきっかけに、より原理主義的に集団でユダヤ教へ改宗し、イスラエル移住の運動を始めたという。
 イスラエルは、近代以降のヨーロッパ系と中東系の「白いユダヤ人」についてはもちろん、ベネ・イスラエルとコーチン・ユダヤ人の「黒いユダヤ人」についても「失われた10支族」だという俗説の乗じ、この4グループについては建国後まもなくからユダヤ人としてイスラエル移民を認めていた。だが、このブネイ・メナシェの「帰還」についてはイスラエル国内で論争があった。時期的にはエチオピアの「ユダヤ人」の発見と重なる。1990年代に約千人のブネイ・メナシェを、ヨルダン川西岸地区とガザ地区のユダヤ人入植地に、つまり紛争地の最前線に戦略的に移民させたのが始まりだ。2005年になって正式にユダヤ教徒であると認定され、イスラエルへの「帰還」と国籍取得が認められたが、宗教的・民族的には疑問視する意見は残り、政治的にもインド政府から抗議を受けたり、パレスチナ占領地への入植についても非難を受けたりするなど、論争が絶えない。
 そうした中、ブネイ・メナシェの「帰還」は続き、現在では4000人に達するという(エチオピア系移民の15万人に比べればはるかに少ないが)。冒頭の暴行を受けたインド系ユダヤ人というのは、このブネイ・メナシェの新移民で、3年ほど前にイスラエルに移民してきたばかりだという。そして、「コロナ!」と名指され暴行を受けたときに、そのアジア系の風貌から中国人だという誤解を受け、「中国人! コロナウィルス!」と怒鳴られていたのだ。ここには何重もの人種主義・人種差別が作用している。すなわち、インド系ユダヤ人移民というだけでも、「黒いユダヤ人」と肌の色で称されるが、しかし「中国人」とみなされることはないだろうが、ここではチベット=ビルマ系山岳民族として、アジア人の顔立ちをもって、「中国人! コロナ!」と名指されたのだ。イスラエル政府が対アラブ人との人口比競争政策でインドから「帰還」を認めた「ユダヤ人」を、外見で「中国人」と呼び、その連想で「コロナ」と呼ぶ。あまりに屈折した恣意的人種カテゴリーの暴力に、めまいがする思いである。

4 歴史修正主義と生物学・遺伝学

 それにしても、「ユダヤ人国家」イスラエルはいったいどのようにしてこの支離滅裂な「単一民族神話」を支えているのだろうか。古代イスラエルからの「離散」と、世界中からの「帰還」の物語は、俗説的な語りだけで正統性を得たり流布したりするものではない。
 言うまでもないことだが、聖書学の恣意的解釈は、世界的にかなりの影響力を持ってきた。そもそもが、古代の「ユダヤの民(ヘブライ人=これらも時代によって範囲やニュアンスは変化する)」と現代の「ユダヤ人(こちらも上記のように範囲も定義も曖昧である)」とはまるで異なる以上、古代「イスラエル王国」と現代「イスラエル共和国」とは概念的に全く違う存在である。近代以降の民族概念や国家概念を古代の聖書記述に投影するのは、現在の政治体制や民族主義・人種主義を正当化するための、利用主義的な解釈である。
 日本語にも訳されているイラン・パペやシュロモー・サンドなども指摘しているように、パレスチナ地域に住んでいた古代のユダヤの民はキリスト教やイスラームが派生するなかで改宗していき、現在のさまざまな宗教・宗派のアラブ人になっている。それは厳密な聖書読解からも、歴史人類学からもそうなのであり、すべてのユダヤの民が根こそぎにバビロニアやローマへ捕囚となったり、世界各地に離散したりしたわけではない。捕囚や離散は一部の指導者・宗教者のことであり、大半の住民は体制が替わろうと、宗教文化が変化しようと、移住者が入ってこようと、その地に暮らし続けたのである。預言者アブラハムはアラビア語でイブラーヒーム、モーセはムーサー、イエスはイーサーであり、いずれもアラブ・ムスリムにとっても祖先たる預言者なのだ。そしてその末裔は現在のユダヤ教も含む多宗教のアラブ人なのである。
 一般に歴史修正主義とは、例えば植民地や戦争の歴史についていえば、植民地支配を開発として肯定したり、虐殺の存在を否定することだったりするが、そうした歴史解釈や歴史改竄にかぎらず、この壮大な聖書の物語を近代シオニズムや現代イスラエルに直結させて、ユダヤ人の離散と帰還の物語に短絡させる改竄もまた、歴史修正主義と言うべきだろう。
 シオニズムとレイシズムを支える学問(の装いをした言説)はこれだけではない。もちろん歴史学や社会学の政治的偏向は指摘するまでもない。そうではなく、いかにも実証的・科学的な学問もまた、シオニズムに恣意的に動員されている。これこそもっと指摘されるべきことだろう。2つ挙げよう。
 1つは、生物学、なかでも遺伝子配列から民族集団の特徴を析出しようとする遺伝学だ。「ユダヤ人」が単一民族集団であり、しかもそれがユダヤ教信仰という文化行為という不確かなものに基づくのではなく、人種な意味で規定される実体であるとシオニストは主張する。また世界の多くの人々がそれを常識的知識と考えている。つまり、古代イスラエル王国のユダヤ人が文字どおりに世界に離散し、その血統的な子孫が復活した故郷たる現代イスラエル国家に「帰還」している、ということがユダヤ人国家を正当化する根拠とされているからだ。そのために、イスラエルの各大学・研究所では、数多くの「ユダヤ人の遺伝子特定のプロジェクト」が取り組まれてきた。ヨーロッパ各地のユダヤ人、中東各地のユダヤ人、そしてエチオピアのユダヤ人、インドのユダヤ人まで、DNAサンプルを採取しては、ユダヤ人に特徴的と言えそうなものを探し出そうという、長年繰り返されてきた試みだ。
 この荒唐無稽としか言いようのないプロジェクトが、しかしイスラエルにおいては極めて重大な政治的意義を持つのであり、大真面目に調査されてきたのだ。そして、毎年のように、ユダヤ人に見られるDNAの特質の「発見」が発表されている。だが、例えば東欧、パレスチナ、エチオピア、インドの「ユダヤ教徒」から、共通する遺伝子的特質が見つかったとして、それが「生物学的に単一のユダヤ人種」であることの証明になると考えるには、論理的飛躍がありすぎる。第一に、その特質が他のあらゆる人間集団には見られないことを証明しなければならないし、第二に、その遺伝子的特質こそが各地に離散するユダヤ教徒を一つの「ユダヤ人種」たらしめている発現を証明しなければならないが、その手続きを無視して、DNA解析にばかり没頭している。だがそれは、すでに最初から「ユダヤ人種が存在し、それを示す遺伝子的特徴が存在する」という論点先取の誤謬というものだ。最初にすでに結論が先入見としてある以上、あとはその結論に合致しそうな(そう言えそうな)データだけをごくわずかでも見つけることができれば、それで「発見」であり、それがすぐさま「証明」なのだ。もちろんその際、それに合致しないすべてのデータは無視して捨て去られる。これがユダヤ人種の生物学的存在証明のお粗末な正体だ。
 このことから予想されるように、この手法の「論理」は、容易に「日ユ同祖論」という古くからのトンデモ説(日本人とユダヤ人は同じ祖先をもつ、あるいは、日本人は失われた10支族のうちの一つの末裔だ、という説)を「DNA検証」の結果として正当化する主張を導き出す。この「日ユ同祖論」はいくら学問的装いをしようとも一笑に付される空想の域を出ないが、イスラエルにおいてヨーロッパ系ユダヤ人とエチオピア系ユダヤ人とインドのブネイ・メナシェとの同祖論は、大真面目な生物学的議論になるのだ。そしてこの荒唐無稽な議論が、国家の歴史的正統化に結びついている以上、これもまた歴史修正主義の一形態と言えるだろう。

5 歴史修正主義と考古学

 シオニズムを支える実証的科学のもう一つの例は、考古学だ。実際に丹念に地下を掘り起こして古代の生活や社会を調査する地道な考古学は、全く現代政治には無関係な研究のように思われるだろう。例えば日本で弥生時代の遺跡を発掘したとして、それが国家の正統性に関わるものと考える人はいない。ところが、イスラエルにおいてはそうではない。地層の下の発掘が、現代の国際政治に直結してしまうのだ。
 それが最も顕著に表れているのは、聖都エルサレム旧市街の発掘調査だ。大雑把に整理しても、紀元前10世紀からの第一神殿時代、紀元前6世紀からの第二神殿時代、紀元前後のローマ支配時代、4世紀からのビザンチン時代、7世紀からのアラブ時代、12世紀からの十字軍時代、14世紀からのマムルーク時代、16世紀からのオスマン帝国時代、といった具合に統治王朝が入れ替わり(それぞれの期間にも様々な変遷があった)、そしてそのたびに城塞都市エルサレムは建設と破壊と改築とを繰り返してきて、それが層をなして積み上がっていった。シオニズムの離散と帰還を正当化する有名なスローガンに「土地なき民に、民なき土地を」というものがあるが、古代ユダヤ人が離散したあとに、イスラエルが無主の地であり、そこにユダヤ人が帰還したかのような表現だが、この統治者の変遷の歴史を見ても、この地が無主だったことは一瞬たりともなかったことを物語っている。純粋な考古学的関心から言えば、そのすべての層が研究調査の対象であり、どの層もそれぞれに重要なことは変わりないはずだ。
 だが、イスラエルの考古学、とりわけエルサレム旧市街の発掘調査では、最重要なのは古代ユダヤ人の社会生活の痕跡とされ、とりわけアラブ・イスラーム時代の歴史遺産は軽視され、場合によっては意図的な破壊にさえ晒されてきた。すなわち、より古い時代の遺跡はより下の層に沈み、より新しい時代の遺跡はより上の層に積み重なる。シオニストにとって何より重要な古代ユダヤ社会の遺跡を発掘するには、その上の層にあるアラブ・イスラーム時代の遺跡を先に掘り返さなければならない。その際に、歴史的にしばしば不都合でさえあるアラブ・イスラーム関連の史跡の扱い方が学問的に公正ではないことがしばしば指摘されてきた。この手法は、先の遺伝子研究と相通じている。まず古代ユダヤ人の痕跡ありきで、そのわずかな遺跡を発見するためには、それ以外の遺跡には目もくれない、というのは、ユダヤ人遺伝子を発見しようという生物学と同質なのだ。
 つい最近、科学雑誌『ナショナル・ジオグラフィック』2019年12月号で「エルサレムを掘る――聖都の発掘調査をめぐる対立」が特集された(英語版、日本版ともに)。そこで批判的に紹介されているのは、まさに考古学的発掘をめぐる政治対立である。従来の考古学的手法が聖書の記述を裏づける目的が先にありきで非科学的なものであること、シオニストの財団からの多額の資金提供による強引な発掘工事でパレスチナ人の居住区を損壊させていること、そのことを取材した記者には財団から脅迫メールが届いていることなどが書かれてあった。イスラエルにおいては、地下の遺跡でさえもがユダヤ人国家を正当化するための重要な資源なのである。
 もちろん先述のように、かりにより下層に古代ユダヤ人の遺跡が出現したとして、そのユダヤ文化は現代のユダヤ人と直結するものではなく、ユダヤ人国家イスラエルを正当化するものではありえないのだが、しかし、その荒唐無稽な考古学調査がなおイスラエルでは国益となる政治的意義を有しているのである。こうした考古学もまた、歴史修正主義と言いうるだろう。

おわりに

 世界中で新型コロナウィルスの影響は、新自由主義による医療福祉の崩壊や経済格差を露呈させ、社会的弱者をいっそう不安定にさせるということを明らかにした。これはコロナによって引き起こされた問題なのではなく、平時においてつねに存在している問題が、危機において表面化しているということだ。各地で勃発した中国人差別やアジア系差別もまたそうだ。日常的に遍在するレイシズムがこの機に発露したにすぎない。
 本論で切り口としたイスラエルにおけるインド系ユダヤ人に対するコロナ暴行事件も例外ではない。結局のところ、イスラエルを「ユダヤ人国家」たらしめるために建国以降たえず動員してきたありとあらゆる差別や歪曲や虚偽が、この瞬間にヨーロッパ中心主義的な「アジア系排除」として暴発した。その一件から垣間見えたのは、アラブ・パレスチナ人を極小化するために、どれだけのレイシズムが科学的装いのもとで働いてきたのかということであった。政治学や聖書学や人類学はもとより、生物学や遺伝学や考古学といった学問分野までが、イスラエルにおいては「ユダヤ人国家」という壮大なフィクションを支えるために動員されてきたのだ。そのすべてが、ユダヤ人の離散と帰還という物語を捏造する歴史修正主義の国家プロジェクトを構成しているのである。


【参考文献】
久保有政『日本とユダヤ 運命の遺伝子――失われたイスラエル10支族と秦氏の謎』(学習研究社、2011年)
シュロモー・サンド『ユダヤ人の起源――歴史はどのように創作されたのか』(高橋武智監訳、佐々木康之、木村高子訳、浩気社、2010年)
徳永恂、小岸昭『インド・ユダヤ人の光と闇――ザビエルと異端審問・離散とカースト』(新曜社、2005年)
イラン・パペ『パレスチナの民族浄化――イスラエル建国の暴力』(田浪亜央江、早尾貴紀訳、青土社、2017年)
早尾貴紀『ユダヤとイスラエルのあいだ――民族/国民のアポリア』(青土社、2008年)
早尾貴紀『パレスチナ/イスラエル論』(有志舎、2020年)
『ナショナル・ジオグラフィック』日本版 2019年12月号「エルサレムを掘る――聖都の発掘調査をめぐる対立」

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著者略歴

  1. 早尾貴紀

    1973年生まれ、東京経済大学教員。ヘブライ大学およびハイファ大学に客員研究員として2年間在外研究。パレスチナ/イスラエル問題、社会思想史。
    主な著書に、『ユダヤとイスラエルのあいだ――民族/国民のアポリア』(青土社、2008年)、『国ってなんだろう?――あなたと考えたい「私と国」の関係』(平凡社、2016年)、『希望のディアスポラ――移民・難民をめぐる政治史』(春秋社、2020年)、『パレスチナ/イスラエル論』(有志社、2020年)。共編著に、『ディアスポラから世界を読む――離散を架橋するために』(明石書店、2008年)、『ディアスポラと社会変容――アジア系・アフリカ系移住者と多文化共生の課題』(国際書院、2008年)ほか。共訳書に、サラ・ロイ『ホロコーストからガザへ――パレスチナの政治経済学』(青土社、2009年)、ジョナサン・ボヤーリン、ダニエル・ボヤーリン『ディアスポラの力――ユダヤ文化の今日性をめぐる試論』(平凡社、2008年)、イラン・パペ『パレスチナの民族浄化――イスラエル建国の暴力』(法政大学出版局、2017年)、エラ・ショハット、ロバート・スタム『支配と抵抗の映像文化――西洋中心主義と他者を考える』(法政大学出版局、2019年)ほか。

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