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私とあなたのあいだ――この国で生きるということ

第8便 温又柔より(第2章 動物とヒトのあいだ)

木村友祐さま

 

 お手紙、アメリカに出発する寸前に書いてくれたのですね。

 シカゴでの数日間はいかがでしたか? 木村さんのことですから、期間は短くとも、いや短いこそ、限られた時間の中で見聞きした一つ一つの出来事から多くの刺激を受けたのではないか、なんて想像しています。次のお手紙で、どんなことが聞かせてもらえるのか今から楽しみでなりません。

 実は私も、今、空港にいます。

 どうして空港にいるかというと、もちろん飛行機に乗るためなのですが、今回も私の行き先は台湾です。

 予定よりだいぶ余裕をもって自宅を発ったため、搭乗時刻まではまだたっぷりの時間があるので、こうして手紙を書くことにしました。天井まで吹き抜けのガラス窓越しには次々と離着陸する飛行機が見えます。

 私の周囲には、日本人らしい観光客は2、3組ほどしかいません。金曜日や土曜日なら、もう少し多いでしょう。いや、天皇の代替わりを含んだ、日本政府による〈つくられた恩着せがましい〉大型連休の最中なら、さらに多かったはずです。

 日本人が少ない分、搭乗案内のアナウンスは別として、日本語で話している人の声はほとんど聞こえず、どうしてだかそれだけで妙にほっとしてしまいます。たぶん、ふだんは日本語の洪水の中にいる状態なので、自分の思念といったようなものが外界の刺激にまみれてしまってよく聞こえにくい分、日本語が周囲から遠ざかったとたん、自分の内なる声に安心して耳を澄ませるというのか……

 考えてみれば日本の、それも都会の中にいると、電車に数分乗るだけでも四方八方から、やれ英語を習えとかエステで脱毛しろだの逆に頭の髪を増やせとか郊外のマンションを買えとか転職しろなどといったような広告がひっきりなしに目に入ってきます。もちろんその一つひとつを意識的に読んでいるわけではないものの、意味がわかってしまう情報の洪水に絶えず取り囲まれているのはけっこう疲れるもので、へとへとになってしまいます。

 とはいえ、その状態があまりにもあたりまえになっているので、もはや、自分がへとへとになっていることにすら、気づけない。麻痺してるんですね。だからたまに、日本(語)からいったん離れると、本来の静けさを取り戻せるような、そんな心地になります。

 たとえば私が中国語もよくできるのなら、台湾にいても、中国語による情報の洪水に溺れそうになるかもしれません。しかしご存じのように、幸いにもーーと書くのもナサケナイのですがーー私は日本語ほどには中国語ができません。そのおかげで、いったん台湾に行ってしまえば私は、ひっきりなしに押し寄せてくる意味、意味、意味……の洪水に巻き込まれずに済む。台湾での私は、目や耳にした言葉の意味がわかったりわからなかったり、という状態に陥って、ほどよいわからなさ、のマユに包まれるんです。

 おかしな話でしょう。そんな私が、実は、台湾人だなんて。

 空港の出入国カウンターで自分の台湾パスポートを提示するたび、私は自分が法の上では「日本人」ではなく「台湾人」なのだと思いだします。

 いや、ほんとうはちっともおかしいことなどなく、所持しているパスポートの発行国と、実感としてのナショナルアイデンティティーが一致しないという人たちは、世界を少し見渡せばいくらでもいます。

 ただ、日本ではおそらく九割以上の人が日本国籍を持っているためか、日本人といえば日本国籍の持ち主であって、べつの国籍を持っているなら日本人とは言えない、といった感覚がまだ根強いですよね。

 いまだに私、よく聞かれます。

 ーー結局のところ、あなたは自分のことを日本人と台湾人のどちらだと感じているのですか?

 ‘感じている’というのが、なんとも残酷だと思いませんか? 考えている、とか、捉えている、なら、具体的な根拠に基づいて選択した暫定的な答えとして応じられるけれど、感じている、というのは非常に感覚的なものです。とはいえ、私を前にしてそのように質問せずにはいられない側の気持ちもまったくわからないわけではないのです。

 そこで長年かけて編み出した答えの一つが、

 ーー日本人といるときは自分は台湾人だと思ってるし、台湾人の中にいると日本人だと思う。

 というものです。これで大体の方は納得してくれるのですが、一度だけ、「それなら、一人でいるときはどっちであると感じるの?」と重ねて訊かれて、口ごもったことが……今思えば、あなたは一人でいる時にも自分は日本人なのだといちいち感じているの? と聞き返せばよかったなと思います。

 思えば私は、あなたは日本人か台湾人か、もっと言えば、日本人なのか日本人ではないのか、というお決まりの二者択一に迫られることから逃れたくて、そのためだけに、色々なはぐらかし方を習得してきたような気がします。私は日本人でもあり台湾人でもあるんですよ、と答えてみたり、自分としては日本人ではなく台湾人でもない気がしています、と言ってみたりして。

 自分がこんなふうだからか、いつからか私は、空港という、誰かにとっての出発地であり、ほかの誰かには到着地でもある、二つ以上の意味が重なる空間に、自分自身の境遇を投影するようになったのです。

 ただしそれは、私がよく行き来する日本と台湾のどちらの空港でも、限りなく自由に、そして、‘人間的’にふるまうことが当然のように許されていて、特に日本の場合は、そこを一歩出たあとも、帰れる家があるから言えることなのだとも思っています……そう、日本には私の家があります。比喩的なことではなく、文字どおり、住居、住む場所としての家。雨風をしのぎ、安心して寝起きできる空間。

 前回の木村さんのお手紙を読んで以来、人間的とは何か、ということをずっと考えていました。もっと言えば、人間扱いとは何か、ということについてはじめてきちんと考えみたのです。

 たとえば、ここ空港でも、ニンゲン扱いされている動物ーー木村さんのおっしゃるように、人間同士である私たちの話を進めるためには、彼らのことを敬意をこめて“動物”と呼びましょう!ーーを見かけることがあります。愛犬や愛猫を連れて飛行機に乗るひとたちがたまにいるんですよね。

 どういう事情なのかはそれぞれちがうのでしょうけれど、いずれにしろこうした動物たちは、飛行機で移動する飼い主たちの「同行者」として(貨物室に預けられるとしても)、航空会社や空港のスタッフから非常に丁重に扱われます。飼い主にとっては家族同然の立場であるこうした犬や猫たちは、飛行機の「乗客」としては我々ニンゲンとほとんど同等の立場としてみなされるのです。

 きれいな毛並みの、おそらく血統書付きであったり、そうでなくとも、寝ることや喰うことを保証されて、必要があれば、飛行機の「乗客」として丁重に扱われる犬や猫たち……。

 マンガによくある厭味な金持ちが、この犬(猫でもいいんだけど)は立派なんだぞ、どうだすごいだろう、とひけらかすときの嫌らしさを連想してしまうからか、いまだに私は、「血統書付きの犬(猫)」と聞くと、高価な時計や車、宝石類をじゃらじゃらと他人に見せびらかして喜ぶような人たちが欲しがる犬(猫)を思い描いてしまいます。

 もちろんこれは私のつまらない偏見で、血統書付きの飼い犬や飼い猫を心から愛している方はたくさんいますし、むしろそういう人のほうが多いでしょう。

 空港で、人間並みの扱いを受けている誰かの愛犬や愛猫は、その寿命が尽きたあとも、彼らを家族のように愛した飼い主が立派な葬式をあげるのでしょう。

 その一方で、おなじ犬や猫でも、「未登録」で死んだモノたちは、「廃棄物」として処理される。

 同じ犬や猫でありながら、一体、何が、前者と後者を隔てているのでしょう? どうして同じイキモノなのにその命が果てたとき、人間のように弔われる動物と、モノとして処理される動物が存在するのでしょう?

 答えは、怖いほど単純です。

 彼らを序列化し、価値をはかり、その基準に基づいてその命運の行方を牛耳るのが、我々人間であるからです。「人間中心主義」のこの世界において、人間にとって価値がある動物は、好待遇をうけ、そうでない動物は、命が尽きればさっさと破棄物として扱われる。いや、それ以前に、「殺処分」される。

 木村さん。

 ナショナルアイデンティティーの揺らぎ(日本か台湾か?)を抱えながらも、私は日本に住所がある。住民票がある。身の危険を感じることなく、安心して眠ることができる場所、家、ホームがある。そういう意味では、この国での私の立場は非常に安定したものです。

 たとえ国籍上は揺るぎようのない「日本人」であっても、何らかの理由で家を追われて、路上で暮らさざるを得ないような人たちは、“健康で文化的な最低限度の生活を営む”ことがままならないという意味で、法の上では「外国人」の私などよりもはるかに不安定な立場に置かれています。

 震災から3年後、木村さんは、原発事故による居住制限区域内で被曝した牛たちをめぐる『聖地Cs』を書きます。そして、そのまた2年後に『野良ビトたちの燃え上がる肖像』を書きます。

(しかし、野良ビト、という、非常に辛辣ながらも、どことなくユーモラスな響きを備える表現には度肝を抜かれました!)

 二つの小説の間には明らかに「牛たちを“殺処分”するような国は、ヒトの命もそのように扱っていることにほかならない」と叫ぶ木村さんの、国家によって殺される命を見据えようとする覚悟が連続しています。

 人間社会において、上位にいる者が下位の者を前にしたときに作動する優越意識や、蔑み。それを木村さんは、〈動物を見るときのような視線〉と表現しました。ここ数年、木村さんは一貫して、一握りのヒトの強欲によってヒトデナシの扱いを被るイキモノの生命の行方について書いているのだなとあらためて思います。

 切ったら血がほとばしる、温もりのあるイキモノの側に寄り添った人間的な文学を書こうと取っ組んでる作家は、木村さんのほかになかなかいないと思うのですが、“人間の・人間による・人間のための文学”こそが純文学だと言いたがる「業界」では、イキモノを徹底的に描くことで非人道的な国家ぐるみの暴力をも抉り出そうとする木村さんの仕事は確かに敬遠されるのかもしれません。いや、敬遠というよりは、いまだに文学に政治を持ち込むべきではないとうそぶく人たちには木村さんの試みの切実さが理解できないのでしょう。理解できないから遠ざけるしかないのです。

 それは、“日本人の・日本人による・日本人のための文学”こそが日本文学なのだと今も信じて疑わない人たちが、日本語は日本人だけのものではない、という私の主張を他人事として遠ざけるさまとよく似ています(念のために書き添えれば、今や台湾人の作家もあらわれて日本文学はますます国際化した、と言いがる人たちも、私の主張をまったく理解していないという点では同じです)。

 デビュー以来、つかず離れずに歩んできた木村さんと私のそれぞれの問題意識は、ニッポンの繁栄のため、ただそのためだけに、マトモな人間としではなく「労働力」としてのみ欲された外国人たちが、今後この国で、どのような運命に見舞われるのか、それを直視しなければならないという意味で、今、悲しくもはっきりと重なりつつあります。

 さて、木村さん。

『ゾウの時間 ネズミの時間』のような本がとっくのとうに書かれていながら、そうしたものの見方がほとんど浸透していないのは不思議とお書きになってましたね。そして、“真実”だからといって、必ずしも世の中に共有されるわけではないのだな、と。まったくおっしゃるとおりです。何度も何度でも、いつの時代のどこにでも、モラルの底が抜けてしまった現状をなんとかしようと、声をあげてきたひとたちはいる。私(たち)が知らないだけで、私(たち)が知っておくべきさまざまな、残酷なことが、いまこの瞬間も絶えず起きていて、そうしたことに、狂ってる狂ってる、と警笛を鳴らすひとたちはいっぱいいた/いるはずなんです。このままでは「共食い」になる、早く、早く、どうにかしなければ……と叫ぶひとたちがいる。

 ーー人間を食ったことのない子どもは、まだいるかしら? せめて、せめて子どもたちは救うのだ…!

 魯迅のあの小説のタイトルが『狂人日記』であるのは、ほんとうに痛烈です。狂ってる、と叫んだ者のほうが、狂人扱いされてきた、ということを示している。

〈大勢の人々が、その真実の存在に見向きもしなければ、あってもないことと同じになってしまう〉。

 ……白状すれば私は、真実の存在から目を背ける人たちの心情も、わからなくはないのです。何しろ“真実”を知ることは、知ってしまうことは、どうしたって平穏を乱します。以前のままではいられなくなります。

 たとえば、我々人間が肉や卵をいつでも食べられることを目的に、本来の生の形を著しく歪められた鶏や豚や牛がいる……あるいは、365日まばゆいネオンが灯る東京の電気が数十年にもわたって福島で発電されてきた/いる……そうした事実を、いや、真実を知ってしまった以上、おそらく最低限に良心的な人間ならだれもが、胸を痛めることでしょう。そして、まさか自分がそれほど罪深いことに無自覚のまま加担していたなんて、と動揺するはずです。

 かく言う私も、木村さんのお手紙を読みながらーーお恥ずかしながら、生田武志さんのご著書を私は見逃してましたーー激しく身を震わせました。いったんそのことを知ったら、もはや以前と同じようには、卵や肉を無邪気に食すことができなくなります。しかし、後ろめたさを抱えながら生きるのは苦痛です。だから多くの人々は、つかのま心を痛めたとしても、さっさと“真実”を忘れてしまうことを選ぶのだと思うのです。露わになった真実の上に大急ぎでもう一度、感電防止シートを覆うかのように、「あってもないことと同じ」と処理して、みずからの罪悪感を和らげる。そして次の日からも、卵なら卵、肉なら肉を、何もなかったように食べるという“平穏”な日々を続けるのです。

 私自身がまずそうなのですが、世の不条理に向かって堂々と立ち向かえるほど強い人はごく限られてて、多くの人はもっと弱いものです。と同時にーーこれもまた私がそうなのですがーーほかでもない自分自身が何かを踏み躙っていることに鈍感であるほどにも強かったりする。

 こうした弱さと強さのせいで保たれる大勢の人々の“平穏”は、いつだって、ごく少数の誰かの、何かの圧倒的な犠牲から成り立っています。おそらく私たちは、不均衡な現行の状況に賛同、加担している自分自身に耐えられなくなったとき、ようやく「大勢の人々」の内の一人であるのをやめて、声を絞り出すのではないか。

 (爆弾が落っこちる時 何も言わないってことは すべてを受け入れることだ)

 “真実”を直視し、これ以上の共食いを許すなと警笛を鳴らした‘彼’は、同時代の人々から「狂人」扱いを受けましたが、そのことを書いた魯迅の文学は永遠です。

 木村さん。私たちも、絶望をしないという希望を持ち続ける責任を果たさなくてはなりませんね。そしてそれは〈異議を挟むことのできない正しさ〉をふりかざすこととは、別の形で成されなくてはならないのです。なんと挑戦しがいのあることなのでしょうか?

 さて、飛行機に乗る時間が迫ってきました。そろそろ、この手紙を書き終えなくてはならないのに、今になって、突然、‘人間宣言’ということばが浮かんできました。考えてみれば滑稽ですよね? 自分は神様などではない、ただの人間に過ぎない、と宣言した人間がかつて存在したとは……でも、それは冗談でもなんでもない。歴史上の、まぎれもない“真実”なのです。ああ、もう時間がありません。いったんここで。

 

 2019年5月20日  温又柔

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著者略歴

  1. 温又柔(おん・ゆうじゅう)

    1980年、台湾・台北市生まれ。3歳より東京在住。2009年、「好去好来歌」で第33回すばる文学賞佳作を受賞。両親はともに台湾人。創作は日本語で行う。著作に『真ん中の子どもたち』(集英社、2017年、芥川賞候補)、『台湾生まれ 日本語育ち』(白水社、2016年、日本エッセイストクラブ賞受賞、2018年に増補版刊行)、『「国語」から旅立って』(新曜社、2020年)など。

    撮影/朝岡英輔

  2. 木村友祐(きむら・ゆうすけ)

    1970年、青森県八戸市生まれ。2009年、『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。小説に『聖地Cs』(新潮社、2014年)、『イサの氾濫』(未來社、2016年)、『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(新潮社、2016年)、『幸福な水夫』(未來社、2017年)、『幼な子の聖戦』(集英社、2020年、芥川賞候補)。

    撮影/尾島敦

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