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私とあなたのあいだ――この国で生きるということ

第6便 温又柔より(第2章 動物とヒトのあいだ)

木村友祐さま

 

 今は、深夜2時。私にとって、一日のうち、最も頭が冴えている時間帯です。きょうは一日中、木村さんが書いてくださった手紙のことを考えていました。

 ……きょう、とたった今書いたのですが、すでに日付が変わってしまったので、きのう、と書きなおすべきなのかとふと思いつきました。

 「日付変更線」に従うのなら、「きのう」。

 でも、自分の感覚のほうに従えば、今がまだ、「きょう」の延長上にあるような感じがします。

 終わっていない「きのう」と始まっていない「あした」の間で、深夜2時にものを思う私の「きょう」は混沌としたまま続いているのです。

 ちょうど、木村さんも書いていましたね。

〈だれかによってつくられた時間の制度〉。〈人間による、おそらく当時の支配階級のだれかがつくった時間の尺度から、ぼくらは逃れることはできません〉。

 ご存じのように、私は宵っ張りの朝寝坊です。

 家族が寝静まった深夜から、夏なら空がうっすらと明るみ、朝刊を配達するバイクが家の前を通り抜ける音が聞こえてくるまでの間を、書くための時間にあてています(いや、考えてみたら、書くことが「仕事」になる以前から私はずっと、オバケの出そうなこの時間帯になると無性に書きたくなったものでした。そのせいで許される限り、昼夜逆転の生活を続けてしまったような気がします)。

 前日の夕方のことを「きのう」と思いながらも、夜が明けたあとのことを「あした」と感じてしまったり……午前2時や3時に、その12時間前や12時間後のことを考えていると、「きのう」と「きょう」、あるいは「きょう」と「あした」の境目はとても曖昧になります。

 こういうとき、よく感じます。時間が私の日々を刻んでいるのか、私の意識が時間を刻んでいるのか。

 それでもこのことをふだんは、昼夜逆転を重ねる自分のダラシノナイ生活のせいだとあまり深く考えようとしたことはなかったのですが、どうしてだか今、あらためてその不思議に思いを馳せたのは、木村さんが示唆してくださった〈人間の時間〉から外れた自然界のイキモノたちについて、‘きょう’、‘一日中’、考えていたせいかもしれません。

 木村さんからのお手紙を読みながら、大学に通っていた頃、人からすすめられて読んだ本川達雄さんの『ゾウの時間 ネズミの時間ーーサイズの生物学』(中公新書)を連想しました。タイトルにあるとおり、ゾウにはゾウの、ネズミはネズミといったように、あらゆる動物はそれぞれの体の大きさに応じて、それぞれの単位の時間を生きている、ということを説明する本です。

 この本を読んだときの衝撃は忘れられません。

 自分が感じる一分や一秒という尺度とは、まったくべつの尺度によって刻まれる時間感覚を生きるイキモノが存在している、という(考えてみればあたりまえの)事実は、新鮮でした。また、そのように感じる自分は、ヒト中心という、非常に狭い範囲の中でのみ生きていたことも同時に突きつけられるようで、ほとんどくらくらとするような思いでした。

 時間の感覚に限らず、木村さんのおっしゃるように、ほんとうのところは、私たちヒトとは異なる秩序を生きているイキモノのほうが、この地球上では〈数としては圧倒的に多い〉というのに、ね。

 さて、「イキモノ」と私がカタカナで書くのは、「動物」と書くのに素朴な抵抗をおぼえたからです。ヒトもまた、動物の一部なのだから……たとえば、われわれ人間とちがって動物は、と書くのはどうも、なんだか傲慢なような気がして。そのため、イキモノの中にヒトとヒトでない動物たちも含まれてる、という気持ちで「イキモノ」と書いています。

 ……いや、こんな「区分」もまた、結局、傲慢なのかな。

 すごく悩ましいです。

 いつも悩ましい。ほんとうに悩ましい。

 人間と動物。

 健常者と障碍者。

 異性愛者と同性愛者……人間と動物の関係に限らず、名指す側と、名指される側の間に容赦なく横たわる不均衡、木村さんのお言葉を拝借すれば〈当事者と自分の間の“見えない落差・隙間”〉を意識すればするほど、その見えなさを見てしまった、あるいは、見ようとする責任をどのように果たすべきか、いつもとても神経をつかいます。

 その責任の果たし方とは、自分がどのような言葉で、かれらーー自分とは異なる者ーーを表現するか、というところから問われるような気がするのです。ものをしっかりと考えるために、自分と自分以外の者を隔てる線をとりあえず引くことが必要不可欠だとわかってはいるものの、自分の線の引き方によっては、すでにある歪みを余計に補強してしまいそうで……。

 

 そんなことをつらつらと思いながら、きょうの私は、自宅から徒歩圏内で最も大きな公園にいました。月曜日にしてはひとの数が多く、お祭りさわぎのような軽薄な気配が漂っていると思いきや、今、世間は大型連休中なのですね。幼い子どもを連れた家族連れや、小学生ぐらいの子どもたちが遊んでいるのを眺めるともなく眺めながら、運よく一つだけ空いていたベンチに陣取り、缶コーヒーを片手にぼんやりとしていました。

 そして、鳩たちを見つめていたのです。鳩の脳みそは、2グラムだと聞いたことがあります。1円玉、2枚分。その軽さの中に、鳩たちは「生きる」とインプットされているのです。

 そんなことを思いながら私は、木村さんが教えてくれた例の鳩のことをずっと考えていました。

 足首の折れ曲がった鳩。

 喰うことのままならない鳩。

 ほかの鳩におしのけられる鳩。

 持てる力を振り絞って、餌を放る男の掌に乗っかった鳩。

 うまれつきそうだったのか、後天的にそうなってしまったのか……ひょっとしたら、その鳩はもともと、ほかのどの鳩よりも強く逞しく、強欲に喰ってきたのかもしれない。己の強さを過信するあまり、ケガをするような事故に遭遇したのかもしれない。

 はっきりわかるのは、かれ(かのじょかもしれないけど)は、木村さんの目前で精いっぱい喰おう=生きよう、ともがいていた。

 ただ、それだけの姿に、どうして、こうも胸がしぼられるような思いをさせられるのか。

 喰いたい=生きたいという欲は、どの鳩にも等しく備わっているのだから、同じようにただ精いっぱい生きているほかの鳩が強欲なのだと責めたり、きみたちはもう十分に食べたのだからこの憐れな鳩に少しはゆずってやれよ、と憤るときの私たちは、一体、そこに何を重ね合わせようとしているのか。

 たぶん、そんなことをとりとめもなく思ってるうちに、私の一分一秒は刻々と過ぎてゆきます。

 家族連れでにぎわう公園には、ヒトだけでなく、餌らしきものはないかとうろついているであろう ‘五体満足の鳩たち’の、一途としかいいようのない姿もありました。

 そんな鳩たちを前にしながら、私はひとりそっと泣きました。

 足首の折れた鳩、そして黒丸のことを思って。

 まんまるの黒い頭とちいさな鼻先。

 木村さんの言葉をとおして、勝手ながらいつも身近に感じていた、やわらかくて、あたたかな尊いイキモノの気配。

 おなか減ったら、寒くなったら……ごはんや寝床を提供していたという意味では、黒丸は、木村さんに部分的に〈保護〉されていたとも言えますが、木村さんが施す以上のものを黒丸は木村さんに与えてもいた。生きる、という感触そのものを。少なくとも木村さんの言葉には、黒丸から受け取ったものの温もりが滲んでいた。

 それなのに。

 イノチが尽きたら、清掃事務所に回収されてモノとして焼却されてしまうイキモノたち……木村さんが私に語ってくれなかったのなら、流すことすらかなわなかった涙をぬぐいながら、私は自分がまったく知らないあいだに、モノとして闇に葬り去られていった無数のイノチについて考えます。〈人間の時間〉から外れているはずが、でも〈人間の世界のルール〉によって生き方を制限されたイキモノたちのことを思います。

 どうにかならないのか、とじりじりしながら。

 どうにかしなければ、とそわそわしながら。

 きょうの午後いっぱい、私はそうして過ごしたのでした。

 ……さて、もう夜明けが近い。

 ここまで引き延ばしてきた私のきょうが終われば、いよいよ「平成最後の一日」が始まります。「昭和」がまた遠ざかるのです。

 昭和天皇の時代、天皇陛下万歳、といって死んだひとたちの中には朝鮮人や台湾人もたくさんいました。大日本帝国のために死線を潜り抜けてイノチからがら戻ってきたものの、戦後は「日本国籍がない」という理由で恩給が支給されず、生まれ故郷に帰ることもできず、物乞いするしかなかった元帝国臣民たちもいたといいます。

 不条理ですよね?

 同じ戦争を戦わされて、ぼろぼろになって帰ってきて、勲章を賜るひともいれば、物乞いすることで生きながらえるしかなかったひとたちもいる……ひたすらに経済発展を目指す日本の戦後社会が置き去りにした、元・日本人たち。

 折しも、〈確たる登録がない者は、基本的人権が受けられなくても仕方がない“別の人間”のように扱う〉と木村さんは書きました。

 今、狂おしいほど残念ながら、負の歴史が繰り返されているように思えてなりません。

 難民と認定されない難民、移民と認められない移民、戸籍のない子どもたち……未登録の住民たちは今後ますます増えてゆくのでしょう。

 何しろ、日本政府は労働力を必要としています。

 なんのために?

 ニッポンの繁栄のために。

 でも、だれのための、なんのための繁栄なのか?

 そもそも繁栄とは、こんなことなのか?

 ……木村さんの表現を拝借すれば、社会の底が抜けた今、神経という神経が逆立つような出来事にばかりに遭遇します。木村さんは、〈人間世界のルールからはみだしてモノを見る〉ことは、〈狂った〉とみなされることかもしれないと書いていましたが、冗談じゃない、狂っているのはむしろ〈人間世界のルール〉のほうじゃないか、と思わされることが次々と起こります。

〈生きもの同士、人間同士といういのちへの共感〉が徐々に欠如しつつある社会の中で、作家である私たちにわずかにできることがあるのだとすれば、こんなの狂ってる、ととりあえず叫ぶことなのかもしれません。あるいは、動物に倣って吠えるでもいいかもしれない。

 いずれにしろ、このままでいい、このままのほうが都合がいい、とひそかにほくそ笑む者たちの神経を逆撫でするような声を積極的に発する必要があるのです。

 もはやマトモなヒトのふりをして、それらしいものを賢しらげに書く暇などない。イキモノとしての〈イノチがけの遊び〉が、今こそ試されているのではないか?

 ……今回はいつになく支離滅裂な手紙になってしまいました。

 でも、きょうばかりは、今、書いておきたいことをへんに整えず、このまままるごと差し出したい気持ちです。どうかゆるしてください。次のお手紙も楽しみにしています。長くなっても気にしないでください。黒丸のことも……そう、かれがいた頃のことも含め、もしよかったら、どうかまた聞かせてくださいね。木村さんが〈人間の時間〉から外れた場所で黒丸と交わした友愛の情について、もっと聞きたいと思うのです。

 

 2019年4月30日

 温又柔

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著者略歴

  1. 温又柔(おん・ゆうじゅう)

    1980年、台湾・台北市生まれ。3歳より東京在住。2009年、「好去好来歌」で第33回すばる文学賞佳作を受賞。両親はともに台湾人。創作は日本語で行う。著作に『真ん中の子どもたち』(集英社、2017年、芥川賞候補)、『台湾生まれ 日本語育ち』(白水社、2016年、日本エッセイストクラブ賞受賞、2018年に増補版刊行)、『「国語」から旅立って』(新曜社、2020年)など。

    撮影/朝岡英輔

  2. 木村友祐(きむら・ゆうすけ)

    1970年、青森県八戸市生まれ。2009年、『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。小説に『聖地Cs』(新潮社、2014年)、『イサの氾濫』(未來社、2016年)、『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(新潮社、2016年)、『幸福な水夫』(未來社、2017年)、『幼な子の聖戦』(集英社、2020年、芥川賞候補)。

    撮影/尾島敦

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