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私とあなたのあいだ――この国で生きるということ

第5便 木村友祐より(第2章 動物とヒトのあいだ)

温又柔さま

 

 つい数日前まで、冬のしっぽが残っているような心地でしたが、日中はいよいよ暖かくなってきました。とはいえ、変化への対応がいつだって遅いぼくは、まだ冬物の靴下を履いています。

 今月に入って、新しい元号が発表されましたね。ぼくが不思議なのは、天皇が変わると元号が変わるーーつまり時代の呼び方が変わることを、なぜこんなにも人々はふつうのこととして受けとめているのだろうということです。テレビも、新聞も、次はどんな元号になるのかを予想したり、発表されるとデカデカと報じたり。そうやって無邪気・無批判に天皇制を補完するのを見ていると、こうやって制度や体制というものは“よってたかってつくられていく”のだと、苦々しい気持ちになります。

 だれかによってつくられた時間の制度。よく考えたら、西暦だってそうですね。キリストが生誕したとされる年を起点として、世界に日々を区切る尺度がもたらされました。キリスト教信仰とは無関係なぼくも、ものごころついたときから、その尺度のなかで暮らすようにさせられているのです。人間による、おそらく当時の支配階級のだれかがつくった時間の尺度から、ぼくらは逃れることはできません。

 でも、その時間とは無縁に生きているものたちも、同時に存在します。自然界の生きものたちです。ほんとうは、「人間の時間」から外れたそちらの生き方のほうが、数としては圧倒的に多いでしょう。

 改元についてのあれこれは、いずれあらためてやりとりさせていただくとして、これから書こうとするのは、人間以外の“そちら側”のことです。

 中央区のはずれに、ぼくが時々立ち寄るちいさな公園があります。そこにはめずらしく、まだ喫煙所が残っているのです。異議を挟めない正しい理由でどんどん排斥されていく喫煙者の苦境は脇に置くとして、その公園で見かけた一羽の鳩についてお伝えします。

 その前に、鳩という鳥は、ぼくらにとって不思議な存在だと思いませんか? 視界に入っているのに、気にならないというか、認識の対象にならない。感情のやりとりを期待できないからか、いつだっておとなしい風情だからなのか。猫や犬に対するのとちがって、特段、かわいいという感情が起こるわけでもありません。よく見ればとても美しい鳥なのに、いるのにいないような存在感です。

 だから、ぼくも、その公園にいる鳩たちを、景色の一部として眺めているだけでした。一羽、足をたたんで地面にペタンとお腹をつけている鳩がいても、休んでいるのだろうとしか思っていませんでした。

 ですが、お腹をつけていたその鳩が立ち上がったとき、片方の足が、足首から折れたように曲がっているのが目に入りました。曲がった足首を地面につけて体を支え、ヨタ、ヨタ、と歩こうとしますが、ほかの鳩たちのように地面をさかんについばみながら移動することはできません。そっと近づいて見ると、折れていないほうの足先も、指が一本足りませんでした。地面にお腹をつけていたのは、歩くのが大変だからなのでした。

 これだと餌をとるのも大変だろう。そう思っても、何をしてあげられるわけでもありません。保護、という言葉も頭に浮かびましたが、うちには猫がいるし、カゴに閉じ込めておくのもかわいそうです。あの鳩は、いずれ死んでしまうのではないかと思いながら、その場をあとにしました。痛い、苦い思いが残りました。

 それからしばらくして、またその公園に行ったときです。鳩たちが群れていると思ったら、若いカップルが食べ物をあげていたのでした。トルティーヤのようなものをちぎって投げると、鳩たちはせっせと争ってついばむのですが、一羽、その争いに出遅れている鳩がいました。すぐに、あの足首の曲がった鳩だとわかりました。歩くのが大変なその鳩は、それでも必死に、曲がった足を高く跳ね上げながら、餌に沸きたつ輪の外を右往左往しています。たまに近くに食べ物が落ちても、ほかの健常な鳩に頭で押しのけられて、食べられません。

 なんとか食べられるように、とつよく願いました。駆け寄っていって、その鳩だけに食べ物をあげたいと思いましたが、他人があげている食べ物をそのようにしていいのかとためらいます。その鳩は、依然として、ペッタンペッタン、90度に折れ曲がった片方の足を跳ね上げながら、行ったり来たりしていました。

 あまりにも不憫で、胸がしぼられるような思いで凝視していると、もう我慢の限界だったのでしょう、その鳩は突然羽ばたいて、男が食べ物をのせている手のひらの上に飛び乗ったのです! そして、羽ばたきながら一所懸命ついばみました。どれだけ食べられたのか……、ひと口、ふた口くらいは食べられたのではないでしょうか。

 ただ、それだけの話です。でも、ハンディキャップを背負ったなかで生きようとするその鳩の姿が、目に焼きついています。今もその鳩は、あの公園にいるでしょうか。

 なぜこんな話をしているのでしょう。それは、前回お返事してから今回のこの手紙を書くまでの間に、思いもよらなかった出来事があったからです。ーーいえ、思いもよらなかった、というのは精確ではありません。ほんとうは、いつかそうなるかもという漠然とした不安は、常に感じていたのでした。

 アパートの前で面倒を見ていた猫の一匹、黒丸が突然いなくなりました。『幸福な水夫』のあとがき「黒丸の眠り、祖父の手紙」のなかで「ーー今は、今だけは、ぐっすり安心しておやすみ。」と呼びかけた、あの黒猫です。うちのほかにもう一軒、ご飯をもらっていた家でも数日見かけていないことを知り、異変が起きたことがはっきりしました。

 こんな個人的なことをお伝えしても困らせるのではないかと思いながら書くのですがーー、それからは思いつくこと、やれることをやりました。「猫を探しています」と書いたチラシをつくって妻とともに近所の電柱に貼ったり、周辺で野良猫に餌をあげている人に尋ねたり、動物愛護センターに収容されていないか電話したり。もし死んでいた場合は清掃事務所が回収するということで、念のためかけたところ、黒丸を見なくなった日の午後に、うちの隣りのアパートの敷地で「猫が倒れている」という通報があり、回収しに行った記録があることがわかりました。ただ、どんな毛色の猫だったかはわからないと。

 そこであきらめるわけにいかず、そのアパートの管理会社に電話すると、たしかに住人から通報があり、清掃事務所の人と現場に行ったそうです。けれど、なぜでしょう、現場にはもう猫の死骸はなかったそうです。だからどんな猫かも確認していない。住人のだれが通報したのかなど、それ以上は個人情報にかかわるからと教えてくれないので、思いきって(ほんとうに思いきって)、直接アパートの住人全員に聞き込みに行きました。とにかく、倒れていた猫の毛色だけでも知りたかったのです。

 黒丸という一匹の猫の失踪がきっかけで、これまでやったことのなかったことをやり、隣りで暮らしていても一切交流のなかった人々と顔を合わせることになりました。人間の時間の外にいる動物には、いつからかぼくらのなかに出来上がっていた「お互い干渉しない」という暗黙のルールなど飛び越えさせる力があるのかもしれません。

 そうして聞き込みをして、ようやく、アパート一階の外の通路に倒れていたのは黒猫だったことがわかりました。牙が見えるほど口を大きく開けていたそうです。このあたりには、黒猫は黒丸しかいません。そして、口を大きく開けたまま倒れているなんて、異常なことです。それらのことから、黒丸に何かがあった、おそらく死んだ、ということが浮かび上がりました。

 その日の夜、黒丸がいなくなってからはじめて、ぼくは泣きました。いつかは一緒に暮らして、ぼくらより寿命の短い彼の最期を看取ってあげたいと思っていたのに、かなわなかった。なでると、まん丸い頭をまっすぐ起こして、ぼくの手のひらのなかにちいさな鼻先をうずめてきた黒丸の感触が残っています。

 外で暮らさざるをえない猫たちの、目が届かないところで死んでしまえば身元も特定されずに焼却されてしまう、存在の頼りなさ。そして、人間の時間の外にいるゆえに、彼ら人間以外の生きものたちの歴史は、決して書かれることはありません。征服された者たちの文化や歴史は征服者の正史から抹消されるのに似て、はじめから歴史に記述されずにきた膨大ないのちが、すぐここにもあったのでした。

 ぼくが住人に聞き込みまでして黒丸の最期を知ろうとしたのは、交流のあった身寄りのない子どもが、だれにも知られずに死んだような痛ましさを感じたからです。せめて最期の様子だけでも把握しないと、黒丸のいた証は、彼の生の所在は、たんなる無名性の向こうへと消えてしまうと思いました。

 そんなふうに、黒丸を探しだすことの困難に直面して、野良猫というものの生の不安定さを、切なさとともに痛感しました。一方で、どこかでぼくは、人間も本質的には同じではないかと思っていたのでした。というのも、この社会は、身分や帰属を証明する「登録」がなければ、人間も生きものも、一気に粗末に扱われてしまう社会ではないかと感じるからです。

 猫には犬とちがって登録制はありませんが、もし黒丸が、事故や病死ではなく虐待で死んだとしても、飼い猫という「所有物」でさえないのだから何をされてもしょうがないのでは、と思う人もいるでしょう(実際は犯罪です)。では、それが人間だったらどうでしょうか。たとえば、無戸籍者、無国籍者、また住所といった「登録」を持たない人々に対し、この社会の人々が向ける顔は温かいでしょうか。まるで、そのような確たる登録がない者は、基本的人権を充分に受けられなくても仕方がない“別の人間”のように扱うのではないでしょうか。

 だから人間も動物ももらさず登録すべき、と言いたいのではありません。なぜ、登録があるかないかよりも先に、もっと先に、生きもの同士、人間同士という「いのち」への共感が重視されないのかと、そちらのほうを問いたいのです。一体どこで、いのちよりも社会の取り決めのほうが優先されるようになってしまったのか。

 ぼくが日本で暮らす外国籍の人々や、難民と認定されない人々や、日本の技能を“教えてもらう”という低い立場に設定された技能実習生のことが心配になるのも、それと関係しています。「日本人」という登録がないだけで、監視の対象になったり、囚人や奴隷と同じような扱いが許されてしまう、この社会とはなんなのか。もしかすれば、温さん自身が、その足元の不確かさ、不穏さを、ふとした拍子に肌身で感じているのではないでしょうか。

 普段から外出着に猫の毛をつけて出歩くぼくは、黒丸の死にかかわり、おそらく以前よりも人間世界のルールからはみだしてモノを見るようになったようです。ある意味でそれは、「狂った」と呼ばれることかもしれません。でも、猫との付き合いを介して「自分も生きものだ」と思うようになったぼくには、「生きものとしての体に沿わない規範などはみだしていい、そんな規範のほうがおかしい」という思いがあります。

 そうは言っても、結局はぼくも、その生きものたちの上に君臨する「人間」であることに変わりはありません。ただ、人間と動物の関係を考えると、ぼくはいつも、統治者と民の関係、あるいは植民者と被植民者の関係を連想してしまうのです。

 長い手紙になってしまって、ごめんなさい。

 これまでも温さんとは色々とお話ししてきましたが、このような動物のいのちのことや、動物と人間と社会のかかわりに関することは、まだ話題にしていなかったように思います。

 この機会に、それらについての温さんのお考えとはどのようなものか、お聴かせいただきたいと思っています。

 

 2019年4月17日  木村友祐

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著者略歴

  1. 温又柔(おん・ゆうじゅう)

    1980年、台湾・台北市生まれ。3歳より東京在住。2009年、「好去好来歌」で第33回すばる文学賞佳作を受賞。両親はともに台湾人。創作は日本語で行う。著作に『真ん中の子どもたち』(集英社、2017年、芥川賞候補)、『台湾生まれ 日本語育ち』(白水社、2016年、日本エッセイストクラブ賞受賞、2018年に増補版刊行)、『「国語」から旅立って』(新曜社、2020年)など。

    撮影/朝岡英輔

  2. 木村友祐(きむら・ゆうすけ)

    1970年、青森県八戸市生まれ。2009年、『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。小説に『聖地Cs』(新潮社、2014年)、『イサの氾濫』(未來社、2016年)、『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(新潮社、2016年)、『幸福な水夫』(未來社、2017年)、『幼な子の聖戦』(集英社、2020年、芥川賞候補)。

    撮影/尾島敦

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