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きた道アメリカ、オモテウラ

大草原地帯を行く(中編):ウインド・リヴァーを越えてグランド・ティトン国立公園へ

招かれざる客たち
 食事に恵まれない1日を送った私たちが、やっと美味しいご飯にありついたのは翌日の昼間であった。ロードトリップ5日目の火曜日は午前中バッドランズ国立公園を車で見てまわり、最後にプレーリー・ドッグたちの巣を見て公園を後にした。

 愛らしいプレーリー・ドッグに娘が大興奮で、思った以上に時間を費やし、予定より遅れてやってきた、ここラピッド・シティは、思った以上に活気のある様子だ。そこで、アメリカの地方では珍しく野菜の入ったメニューが充実したレストランを選び、私は表面だけを軽く焼いた鮪の添えられたサラダを食べることにした。なかなか美味しい。ここが小さいながらも洒落たレストランが立ち並び、賑わいがあるのは、斜面に掘られた大統領の顔が有名なラシュモア山国立公園の城下町だからだ。
 昼食を終えて30分ほど車を走らせると、ラシュモア山国立公園に到着した。これまでに何度もテレビや写真で見た通りの風景だが、実際に見るとなかなかの迫力だ。

 しばし、併設されたミュージアムでレンジャーの話を聞きながら、かつての大統領たちの像を眺めているうちに、雷雨が来そうな空模様になってきた。慌てて、車に戻る。
 次の目的地デビルズ・タワー国立公園に向かう車内で、連れ合いとこの近くにある「招かれざる記念碑」の話になった。この近くには、もう1つ「クレイジー・ホース」という建設中の記念碑がある。アメリカ政府と先住民との激しい戦いを率いたラコタ・スー族のかつてのリーダー、クレイジー・ホースを称え、山の斜面に彼の像を掘ろうとしている記念碑なのだ。
 一見すると良い話のように思えるが、話は簡単ではないらしい。これ自体は、デザインをしたジオルコフスキーにラコタ族のチーフが70年ほど前に依頼したものだそうだ。しかし、クレイジー・ホースの子孫の一人は、誰も家族に作製の許可と同意を求めておらず、聖地であるこの山に像を彫るのも自分たちの文化として望ましいものではない、と言っているようだ。称え方もやり方とプロセスを間違えれば、招かれざるものになるようだ。
 気づけばサウス・ダコタから、ワイオミング州に入っていた。奇岩を脇に眺めながら、ラシュモア山から3時間ほど経ったころ、デビルズ・タワーに到着した。国立公園の敷地を抜け、未舗装の道路を進むと、今夜泊まる宿に到着だ。チェックインすると、部屋の窓から、デビルズタワーが見える。
 翌朝、大きなダイニングテーブルを囲み、宿泊客皆で話をしながらの朝食が待っていた。会話の中心はニューヨークからやってきた男性だ。ハキハキとした早口で場の雰囲気を作っていく社交的な様子は、いかにもニューヨーカーといった印象だ。旅の情報交換をしながら、あっという間に楽しい朝食の時間が過ぎていく。ロッククライミングにやってきたというその男性と、母親が日本人だというパートナーの日系人女性は、食事を切り上げると、準備に取り掛かった。
 この風変わりな自然の塔はロック・クライマーの「聖地」らしい。麓まで行き、この切り立ったタワーを眺めていると、ちょうど準備を終えた彼らがこの塔に登っていこうとやってくる。
「こんなのを登っていくなんて信じられない!」
と改めて驚く私たちに、彼らは笑顔で手を振って登り口に向かっていった。

 このデビルズ・タワーは、複数の先住民部族の「聖地」であり、それぞれの持つ神話があるという。先住民たちは、この聖地に登っていくロック・クライマーたちをどう思っているのだろうか。フレンドリーで好印象の彼らもまた、先住民たちからは招かれざる客なのかもしれない。

ウインド・リバー先住民保留地へ
 この日のメインは次の大きな目的地グランド・ティトン国立公園への移動であるが、その手前で立ち寄っておきたいところがあった。ウインド・リバー先住民保留地だ。少し前に公開された映画「ウインド・リバー」の舞台である。先住民の女性たちの多くが殺されたり、行方不明になっている問題2016年には5712件が報告されている)を背景にした社会派ミステリー映画だ。現在、この保留地には東部ショション族と北部アラパホ族が住んでいる。こうして複数の異なる部族が、同じ保留地に強制的に移動させられたこともよくあったそうだ。
 手前の大きな町キャスパーで中華料理を食べた後、この保留地に入った私たちはまずウインド・リバー・ホテル・アンド・カジノに立ち寄った。ホテルに入って、娘のおやつタイムを、と思って表示にしたがってカフェを探すと、スロットマシーンを抜けた向こうにカフェがあった。カフェというより、ドリンクとフードのスタンドの前に簡易テーブルとパイプ椅子を置いただけだけれども。

 カジノエリアとその他でゾーニングがないのは、やはりラスベガスと同じだ。飲み物もアイスクリームも無料で、娘は喜んで食べている。
 見渡すと、平日の昼間ということもあり、客足はまばらだ。中には見た目にもわかる先住民の人たちも座っている。混血が進み、見た目に先住民とわかる人ばかりではないので、実際にはもう少し多いだろうと思う。
 カジノ産業は、土地と伝統的生活様式を奪われた先住民たちの生活の糧となっている。成功例は有名で、全世界にチェーン展開するハードロックホテル&カジノを経営するフロリダ州の先住民セミノールは非常に裕福で、部族のメンバーは出生児から収益を分配され、18歳になったときには大富豪になっているという。
 しかし、実際に全米を回って目にする先住民カジノは日本で聞く華やかなカジノ産業のイメージや、アメリカ国内の「先住民はカジノで儲けて裕福」という都市伝説とは全く異なっていた。このカジノのように地方の普通のホテルや、中には誰も来ないような山奥にゲームセンター程度のものがポツンとあるだけのものまであった。これでは単に地元の先住民がギャンブル依存症になって地域全体が疲弊していくだけなのではないかなぁ、と仕事柄依存症を持つ人にたくさん出会ってきた私としては、解せないものを感じていた。先住民は経済状況や家庭環境が厳しく、自殺率、アルコール依存症などの罹患率の高いことが知られている。調べてみると、案の定、先住民は病的ギャンブルの問題を抱えている率が高いという調査結果が出てきた。
 最後に、併設された小さなミュージアムで文化や歴史の展示を見て、ホテルを後にした。次に向かったのは近くのカトリック教会だ。到着すると、隣に地区センターとギフトショップを兼ねたような建物があり、先にそちらに入ってみたが、残念ながら今日はお休みのようだ。
 建物を出る際に、入り口にあった地域情報が貼られた掲示板を眺めてみた。文化イベントや育児情報に混じって、自殺を考えている人の相談窓口が貼られている。

 さらに見ると、夏休みの間学校での給食が食べられない子どもたちのための食事サービスの案内や、アルコール・薬物依存に関する宣言などもある。

  

 先住民社会の困難の一端が見えるようだった。
 隣の教会の中に入ると、すぐに後ろから人がやってきて、電気をつけてくれた。平日だが、このあと夕方のミサが始まるのだそうだ。「たくさん、写真撮っていってね」と、奥に入るよう優しく促してくれた。

  

美しきグランド・ティトンへ
 教会を出た私たちは、一路グランド・ティトンを目指した。途中、対向車が跳ね上げた小石が私たちの車のフロントガラスに当たり、ヒビが入るトラブルに見舞われながら、夜までに公園内にたどり着いた。途中の景色は草原といってもずいぶん痩せた、農業には適さない土地のように見えたが、それでも、国立公園の敷地内に入るまで柵が張り巡らされ、そこが誰かの土地であることを示していた。

 ここグランド・ティトンはかつて複数の先住民部族が主に暖かい季節を過ごしてきた暮らしの場所であり、精神性の面でも重要な土地だ。それが今は政府のものとなって自由に使うことができない不条理の一方、国立公園として保護していなければ、暮らしに困れば誰かに土地を売ってしまい、部族として元の形を維持することは難しいのもまた、厳しいアメリカの現実だ。
 私たちはグランド・ティトンで2泊し、ハイキングやポニーライド、美しい湖でのカヌーを楽しんだ。

 一番の思い出となったのは、ボートで渡った湖に浮かぶ小さな島で、澄んだ空気の中、絶景を見ながら青空の下朝食を食べたことだ。

 この土地の豊かさを分けてもらい、素晴らしい時間を過ごせたことに感謝しながら、すぐ北にある世界遺産イエローストーン国立公園に向かった。

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著者略歴

  1. 鈴木 晶子

    NPO法人パノラマ理事、セプテンバー・ハウスMAJコアメンバー(米メリーランド州登録NPO)。臨床心理士。大学院在学中よりひきこもり支援に関わり、若年無業者支援、生活困窮者支援などの現場を経験。生活に困難を抱える女性、若者、子どもの支援を中心に活動している。現在、在アメリカ合衆国。著書に『シングル女性の貧困――非正規職女性の仕事・暮らしと社会的支援』(共編著、明石書店、2017年)など。

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