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オックスフォード哲学者奇行

哲学者のための学校:オックスフォードの哲学教育(1)

10月から新学期が始まった。秋学期は9月末にあるミケルマス祭りにちなんでミケルマス・タームと呼ばれる。オックスフォード大学は3学期制だが、1学期は8週間と短い(ぜひ京大も見習ってほしい)。8週間では十分な講義ができないではないかと言われそうだが、講義はオックスフォード大学にとって本質的ではない。オックスフォード大学の最大の特色は、チュートリアルによる個別指導教育だ。そこで、今回からオックスフォードの哲学教育について話をしてみたい。

オックスフォード大学の哲学教育には大きく2つの特徴がある。1つは、哲学だけに限らないが、個人指導のチュートリアルが教育の中心であること。もう1つは、学部では哲学のみを専攻できないことだ。順に説明しよう。

講義ではなくチュートリアルが中心の教育というのは、日本の大学でマス教育を受けた者には想像しにくいが、大学受験の個別指導塾のようなものを考えるとよい。原則として、オックスフォード大学の学部の哲学教育においては講義に出ることは必須ではなく、チュートリアルに出てエッセイを書き、試験に受かることが求められる[1]。哲学ではチュートリアルは原則として1回1時間、週2回ないし1学期に12回となっており、その間にリーディングリストにある本を読んで卒業までに通常6本のエッセイを書かないといけない[2]

試験が行われるExamination Schools。オックスフォード大学では、試験はユニバーシティの役割、チュートリアルはコレッジの役割というふうに仕事を分けている。

哲学におけるチュートリアルによる教育は、哲学的思考を身につけるには絶大な効果を発揮するようで、オックスフォード大学を卒業した哲学者たちの自伝などでもさまざまに書かれている。ここでは道徳哲学者のR.M.ヘアが1960年頃に書いたおもしろい文章を簡単に紹介しておこう[3]

ヘアは難渋なドイツ哲学と明快なイギリス哲学の違いは教育制度に起因すると述べ、オックスフォード大学の哲学教育におけるチュートリアルの効用を論じている。彼によれば、オックスフォードには60名ほどの哲学教員がおり、その多くは自らの所属するコレッジで20名ほどの学生のチューターをしている。学生は週一度チューターのところに行き、チュートリアルを受ける。1週間前に読むべき本や論文を指示され、その著作で論じられている問題についてエッセイを書いて持ってくる。学生はチュートリアルの最初の15分ほどでそのエッセイを音読し、残りの時間はエッセイの内容について議論する。

チュートリアルを受けた学生は、エッセイに書く一言一句をプロの哲学者の前で正当化しなければならない。チュートリアルを通して、曖昧な言葉や意味のない言葉を使うと厳しく批判されることを知る。こうして学生は、明確で秩序だった文章を書くことを学ぶ中で、自らの思考も明確で秩序だったものになる。

また、ヘアによれば教員もチュートリアルから多くを学ぶ。哲学を学び始めたばかりの学生の一人一人に、哲学を基礎の基礎から繰り返し説明することが求められる中で、当該の問題の基礎付けから考える訓練を自然とすることになる。「私は本から学んだことよりも自分の学生から学んだことの方が多いと、心から言うことができる」とヘアは書いている。ヘアは学部を卒業したあと大学院に進まずにそのままフェローになったので、実際チュートリアルをしながら哲学を学んだのではないかと思われる。ヘアに言わせると、オックスフォードはオックスフォード学派という哲学の学派(school of philosophy)というよりも、哲学者のための学校(school for philosophers)なのだ。

ヘアの写真。哲学科の建物の2階にはオックスフォードの有名な哲学者たちの写真が飾ってある。

というわけで、要するに、チュートリアルの制度があるのがオックスフォード哲学が明快な理由で、ドイツ哲学が明快ではないのはチュートリアル制度がないからだというのがヘアの主張であるが、そうするとチュートリアルを教育の中心としているオックスフォードやケンブリッジ以外の大学は、みなドイツ哲学と同じ穴の狢(むじな)ということになるだろう[4]

なお、ヘアによれば、1960年代当時のチューターは学期中は週に10時間から12時間ほどチュートリアルを行い、講義を2時間ほど行っていた。それ以外の時間は、コレッジの運営業務に携わるほかは、基本的に自分の時間になったという。これは学期中の話で、休暇中(3学期24週を抜いた28週)は好きなことができた。今はここまで牧歌的ではないようだが、前後期15週ずつ講義があるうえに学内業務で忙殺され、休暇はおろかサバティカルにでも出なければ研究も覚束ない現在の日本の大学とはだいぶ様子が違っている。

少し脱線しかけたが、チュートリアルの話に戻ろう。現在、チュートリアルは教員だけでなくポスドクもできることになっているが、やはり中心になるのは教員である。今日、哲学科の教員数は教授やフェローなどの正規の教員が約60名、さらに任期付きの教員・研究者なども含めると約200名のスタッフがいる。これは世界でもほとんど類を見ない規模の大きさだ。このような数のスタッフがいて初めて、上記のような個別指導のチュートリアルを提供することが可能になる。

もっとも、現在では学部生のチュートリアルは学生2対チューター1、場合によっては3対1で実施することもしばしばあるようだ。一方、ケンブリッジ大学の哲学科では今日でも1対1が原則になっているようで、ケンブリッジの哲学科卒の某友人は、そこがオックスフォードと違うところだよと誇らしげに言っていた。

哲学科が入っている建物(Radcliff Humanities Building)。元々は病院だった。以前はマートンコレッジのそばに哲学科の建物があったが、2012年にこちらに引っ越してきた。

このような巨大な哲学科を支えているのは、哲学を専攻科目の1つにしている学部生、および哲学を専攻している大学院生の大規模な数である。現在、オックスフォード大学で哲学を専攻科目の1つにしている学部生は毎年約1500名おり、大学院生は100名超とされている[5]

上述のように、学部生はオックスフォードでは哲学だけを学ぶことはできず、他の教科と組み合わせて勉強する必要がある(現在は8つのコースがある)。これも、学部でも哲学のみを専攻できるケンブリッジ大学とは大きな対照をなす点だ。しかし、オックスフォード大学はこの戦略で哲学を専攻する学生数および哲学教員数を増やすことに成功しているように見える。逆に、ケンブリッジ大学の哲学教員は比較的少なく、学生数も同様である[6]。なお、ケンブリッジ大学の哲学科との詳細な比較は、次回のサバティカルがあればそのときにしたいと思っている。

ここまでオックスフォード大学のチュートリアル制度について話してきたが、もちろん良い話ばかりではなく、チュートリアルの成否はチューターの力量次第だとか、チュートリアルで手取り足取り指導されることで学生の自発性が失われるとか、できの悪い学生の場合は時間の無駄だといった批判は古くからある[7]。また、哲学に限っても変わったチューターも大勢いたようだ。それについては今後、折に触れて書きたいと思う。

哲学教育を含む学部向けコースとして古くからあるのは、Greatsとしても知られる、Literae Humanioresという古典学のコースである。これは4年間(12学期)のうち最初の2年間(5学期)でラテン語とギリシア語を集中的に学んでModeration(Mods)という名称の試験を受け、それに合格すると残りの2年間(7学期)でギリシア・ローマの歴史および哲学を、現代の哲学者と比較しながら学ぶことになる。その後に卒業試験があるため、学生は二度の試験に備えてチュートリアル(および講義)を受けるという仕組みである[8]

20世紀前半のオックスフォード哲学を代表する哲学者のほとんどがこの古典学コースを卒業している(しかも、そのほとんどは、その後大学院に行かずに研究者になっている)。たとえば、前出のヘアの他に、A.J.エア、G.E.M.アンスコム、J.L.オースティン、アイザイア・バーリン、ピーター・ギーチ、H.L.A.ハート、バーナード・ウィリアムズ等々だ。このコースを卒業して、古代ギリシア哲学の素地をもっているのが古き良きオックスフォード哲学者たちの特徴で、彼らがソクラテス的対話を哲学の議論の理想としている点は、いくつかの文献で指摘されている[9]

ヘアが学部生として古典学コースを修了し、その後フェローをしていたベイリオルコレッジ。彼は1966年にホワイト道徳哲学教授になってからはコーパスクリスティに所属した。

ちなみに、ボリス・ジョンソン英国現首相もベイリオルの卒業生であり、古典学コースを修了している。彼はイートン校を卒業し、大学ではオックスフォード・ユニオンという由緒ある弁論クラブの会長にも選出されたことがあるサラブレッドだ(ただし、会長選は1度目は落選し、2度目の挑戦で選出された)。12月中旬に予定されている総選挙で保守党が勝てば彼が首相に再選され英国のEU離脱が加速すると見られるが、英国民はどういう判断をするだろうか。次回は選挙結果を詳しく解説……しないで、引き続きオックスフォードの哲学教育の話をしたい。

 

[1] ただし、論理学など、一部の科目については講義への出席を求めるものもある。

[2] 哲学教育に限らず、オックスフォード大学のチュートリアル制度を全般的に紹介している本として、下記がある。本書は2008年には中国語にも訳されているようで、英国以外の国での関心の高さが窺われる。Palfreyman, David and James G. Clark, The Oxford Tutorial: “Thanks, You Taught Me How to Think,” 2nd edition, 2008

[3] Hare, Richard Mervyn, “A School for Philosophers,” Ratio, vol.2, no.2, 1960, pp.107-120

[4] ヘアは上記の論文ではここまであからさまに述べていないが、1960年ごろに行われた別のインタビューでは、実存主義者や大陸系哲学者が言っていることの意味がわからないのはチュートリアルの制度がないからだろうと述べている。Mehta, Ved, Fly and the Fly-Bottle: Encounters with British Intellectuals, Columbia University Press, 1983, p.51

[5] ちなみに、オックスフォード大学全体の学部生と大学院生の数はそれぞれ約12000人弱である。下記のサイトを参照。なお、下記のサイトでは国別の留学生の数もわかって参考になる。https://www.ox.ac.uk/about/facts-and-figures/student-numbers?wssl=1

[6] 下記のサイトを参照。https://www.phil.cam.ac.uk/ https://www.undergraduate.study.cam.ac.uk/apply/statistics

[7] McCallum, R. B., “The Tutorial System At Oxford,” Higher Education Quarterly, vol.2, no.1, 1947, pp.26-30 また、前出の下記も参照。The Oxford Tutorial: “Thanks, You Taught Me How to Think”

[8] 古典的にはこのようになっているが、現在はギリシア・ローマの文学や考古学なども学べるようになっている。詳しくは下記のサイトを参照。http://www.ox.ac.uk/admissions/undergraduate/courses-listing/classics

[9] 上記のヘアの論文や、Robin Lane Fox, “Tutorials in Greats and History: The Socratic Method” in Palfreyman, David and James G. Clark eds., The Oxford Tutorial: “Thanks, You Taught Me How to Think,” ch.6など。

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著者略歴

  1. 児玉 聡

    京都大学大学院文学研究科准教授
    1974年大阪府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学。博士(文学)。東京大学大学院医学系研究科で専任講師を務めた後、2012年から現職。現在、オックスフォード大学にて在外研究中。
    主な著書に『正義論』(共著、法律文化社、2019年)、『入門・倫理学』(共編、勁草書房、2018年)、『マンガで学ぶ生命倫理』(化学同人、2013年)、『功利主義入門』(筑摩書房、2012年)、『功利と直観』(勁草書房、2010年、日本倫理学会和辻賞受賞)など。

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