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残余の声を聴く――沖縄・韓国・パレスチナ

韓国の「フェミニズム・リブート」その後:日常のジェンダー暴力を可視化すること 趙慶喜

1. ある女性アイドルの死

 10月14日、曹国(チョグク)の法務部長官辞任のニュースが世間を賑わしていた同じ時間に、ある女性アイドルが自ら死を選んだという衝撃的な知らせが入った。選んだという言い方は適切ではない。追い込まれたというべきである。kpopアイドルであり女優としても活躍したソルリは、彼女が属したグループに詳しくない人でも日頃から聞いたことはあるほど名の知れた存在であった。その理由の一つは、彼女がSNSなどを通して自由奔放なありのままの姿を発信し、たびたびゴシップの話題に上っていたからであった。
 本名・崔眞理(チェ・ジンリ)。その名を実践するかのように、彼女は20代の若い女性たちのリアルな生き方を痛々しいほどに体現していた。子役として早くから芸能界に身を置いた彼女は、ある時期から女性アイドルの枠にはまった生き方を拒み、世間の視線をあざ笑うかのようにアーティスティックで挑発的な言動をたびたび見せるようになった。人々はその様子を好き勝手に批評し、またひどく中傷した。オープンな恋愛をし、自然体で過ごす彼女の姿は、常に「性的に乱れた」ものとして歪曲された。世間の悪意に対し、堂々と偽りのない姿で立ち向かうかのように見えた彼女は、やはり悪質な書き込みに身も心も壊れていった。
 ソルリの自死については、彼女が属した大手芸能プロダクションの保護体制の問題、女性芸能人のプライバシーを扇情的に書き立てるメディアの体質、またネットの匿名性による倫理の欠如など多くの複合的な問題点を指摘できる。ここで特に考えたいのは、この残酷な出来事が彼女の「特異なキャラクター」によるものではなく、韓国社会のミソジニーの現実を多分に反映しているということである。過剰なまでの中傷と侮辱、そして性的対象化の視線は、芸能人である以上に女性であることからくる日常的暴力であった。そして、それらを拒否する彼女の果敢な生き方は、フェミニズムに直感的に呼応する多くの若い女性たちの姿でもあった。
 正直にいえば、私もまた彼女を「変わった子」と見なし、勇敢さよりも危うさを感じ取っていた一人であった。そして彼女を死に追い込んだ暴力的な状況を、曹国(チョグク)をめぐる混乱に比べて「取るに足らない」ものと見なす風潮は今でも多く見られる。ソルリの話からこの記事を書き始めたのは、これまでの彼女の生き方をフェミニズム・リブート1と称される韓国女性たちの新たな動きとともに考えてみるためである。

2. ミソジニーの(再)発見2

 日本でヘイト・スピーチとして呼ばれる現象は、韓国では「嫌悪表現」や「嫌悪発言」という言葉で表されている。ヘイトは新自由主義時代のグローバルな現象であるが、それが単発的な行為ではなく、歴史的に蓄積されてきた言語的慣習に依存し、それを引用・反復する行為であるとするならば3 、その主なターゲットや表出の強度が各社会によって異なるのは当然のことである。ヘイトそのものは原初的な感情であるとしても、それは特定の歴史的文脈のなかで特定の集団に拡張され、位階化され、憎悪として正当化される。
 たとえば日本ではヘイト・スピーチが主に「嫌韓」や「在日特権」などコリアンに対して表面化したのに対し、韓国におけるヘイトは「女性嫌悪」というかたちでまず表面化した。つまりヘイト現象は、日本では植民地主義やレイシズムの問題に特化したのに対し、韓国ではジェンダー・セクシュアリティ問題として噴出したと、ひとまずいうことができる(もちろんこのことは日本における女性ヘイトや韓国における移民ヘイトの不在を意味するわけでは決してない)。この韓国における女性嫌悪(ここではミソジニーと述べる)現象について、まずは大まかな流れを振り返っておかねばならない。
 韓国でミソジニーが大きな争点として浮上しはじめたのは2015年頃であるといわれている。それ以前から身勝手で贅沢好きな女性を「キムチ女」と揶揄することは日常的に起きていたし、芸能人による女性蔑視発言もたびたび問題となっていたが、2015-16年は転換期というべきほど実にさまざまな出来事が起きた。2015年初頭、ツイッターに「今は男が差別される時代だ。私はフェミニズムが嫌だ」と書き残した10代の少年がISに志願した。この事態に対し、著名な男性コラムニストは、現代のフェミニズムが公正さではなく集団的利益のみを追求する「モンスター」を生み出しているとして、「ISよりも無脳児的フェミニズムがもっと危険だ」と書いた。もちろんこのコラムは多くの非難に晒されたが、少年に忌まわしい選択をさせたという点でフェミニズムがひとつの社会的脅威として認識される端緒となった。
 2015年8月には男性誌『MAXIM KOREA』が、性犯罪を連想させる写真を表紙に載せ物議をかもした。テープで両足首を縛られた女性の足だけが車のトランクから見える写真の横には、THE REAL BAD GUYという文字とともに、「悪い男が好きだって? 本当の悪い男とはまさにこういうやつだ。たまらないだろう?」といった陳腐極まりない内容を載せた。また、若い世代の不安定な状況をユーモラスに歌う若手バンドも、ミソジニー論争の標的となった。「平凡で情けない男」の日常を嘆く歌詞に、隠し取りされたアダルトビデオに元彼女を発見するといった内容があったためである。彼らが左派政党である正義党の応援ソングを担当していたことから、貧困や労働問題に取り組む正義党のジェンダー観も批判の的となった。それ以外にも大衆メディアを通じて再生産された妄想と錯覚に満ちたミソジニーのファンタジーは、女性たちによって再発見され、告発の対象となっていった。

 

問題となった「MAXIM KOREA」の表紙

 こうしたなかでミソジニーが公論化する決定的な出来事となったのは、2016年5月17日に江南で起きた殺人事件であった。20代前半の女性が江南駅付近の公衆トイレで見知らぬ男性によって無残に殺された。統合失調症を抱えていた犯人は、犯行の動機について「日頃から女性に見下されていた」と語った。5名のプロファイラーによる心理分析をふまえて、警察はこの事件を「妄想的態度、表面的な犯行動機の不在、被害者との関係から直接的な触発要因のない典型的な通り魔犯罪であり、そのなかでも精神疾患と統合失調症の類型に該当するもの」と発表した。
 これに対して女性たちは、1時間半のあいだ出入りした6名の男性ではなく、女性がトイレに入るのを待ち構えての犯行であったことを挙げ、女性に対するヘイトクライムであると主張した。さらに、現場が人通りがもっとも多い江南駅であったこともあり、SNSに「♯たまたま生き残った」というハッシュタグを付け、江南駅10番出口付近に哀悼場所を設け、カラフルな付箋に思い思いのメッセージを書き残した。
 「あなたは運が悪く、私は運が良かっただけというこの現実に憤怒する」「死の理由などない。ただ殺せるから殺したのでしょう。それが私になるかも」「『殺さないで。強姦しないで。セクハラしないで』というのがなぜ男性ヘイトになるのか」「男たちはここでも女に教えようとする」「男性に保護されたくありません。男性がいなくても安全でありたいだけ」など1000件以上のメッセージが寄せられた 4
 この江南駅殺人事件への反応が、韓国のミソジニーを爆発的に公論化させた分岐点となったのは間違いない。というのも、この事件は自らの命の危険を肌で感じた若い女性たちによる異議申し立てだけでなく、それに対する男性たちのバックラッシュもまた引き起こしたからである。一部の、あるいは多くの男性たちは、この事件が精神分裂症を抱えたサイコパスによる殺人事件にすぎず、ミソジニーとは無関係であることを主張した。また、男性たちを潜在的犯罪者であるかのごとく扱うことで、女性たち自身が男性ヘイトを強化していると反発した。「男であるために死んだ天安沈没事件の勇者たちを忘れません」と書いた花環を送ったイルベ 5のメンバーだけでなく、多くの男性たちが女性たちの「被害妄想」と「過剰反応」を語り同じように江南駅の現場に立った。
 この過程で明らかになったのは、単にミソジニーによる殺人がおこなわれたという客観的事実ではない。女性たちの事件への怒りと恐怖、被害者への哀悼、社会的共感の広がりが、殺人の原因を個人の精神状態に閉じ込めようとする過剰な防御反応を惹き起こした。つまり、バックラッシュの動きが、逆にタブー視されてきたミソジニーの現実を見事に露呈させたと見るべきである。

3. メガリア、そしてミラーリング

 同じ時期、女性たちの抵抗がとてつもない強度とともに始まっていた。それは批判や告発といったこれまでのフェミニズムのあり方を塗り替える、新たなかたちで展開された。2015年から2016年にかけて「メガリア」と呼ばれる現象が韓国社会で大きな話題となった。メガリアとは、ミソジニーに反対するフェミニストたちによるサイト「MERSギャラリー」の会員たちが、ノルウェイのフェミニズム小説『イガリアの娘たち』(1975)にちなんで作った新しいサイトである6。彼女たちは、自らを「メガリアン」と名乗り、男性の価値観に沿った女性像を「コルセット」と呼び、そこからの解放を呼びかけた。ヘイトに反対するという消極的な立場にとどまらず、女性ヘイトをヘイトするというミラーリング戦略をとった。
 たとえば、「キムチ女」をはじめ女性に烙印を押す呼び名が数え切れないほど流通しているのに対抗し、メガリアンたちは男性たちを「韓男虫」といった呼び名で嘲笑しはじめた。男性たちによる日常的なポルノグラフィも、そっくりそのまま女性たちによって転覆された。男性が胸の小さい女性をばかにするように、ペニスの小さい男性をばかにして笑いを誘った。
 このことは単なる男性に対する女性の抵抗という二項対立に治らない破壊力を持った。男性にのみ許されている快楽的言語がポルノグラフィックであればあるほど、女性によるその転覆性は想像以上に高まるほかない。逆にいえば、人々が驚愕し不快になればなるほど、その原本である男性自身のミソジニーの強度が証明された。当初多くの人々はメガリアンが女性ではなく偽装男性であると考えた。それは、女性が男性よりも汚い言葉で相手を罵れるはずがないと信じたからであった。
 メガリアの活動はオンライン上だけに限定したものではなかった。もっとも大きな成果に、アダルトサイト「ソラネット」の閉鎖運動があった。メガリアンたちは盗撮根絶キャンペーンを始め、1999年から17年間ものあいだ難なく運営を続け100万人以上の会員を有した「ソラネット」を閉鎖するための請願運動を始めた。ソラネットは盗撮、レイプ、リベンジポルノ、援助交際、集団性行為などのコンテンツを載せるだけでなく、それらを謀議するための情報を交換するサイトであったが、メガリアンたちは国会議員と連携し、その違法性と被害を警察に訴え、サイトを閉鎖に持ち込んだ。こうしたことは既存の女性団体がなしえなかったことであった。


メガリアによる盗撮根絶キャンペーンのイメージの一部

 メガリアのミラーリング戦略は、ユーモアやパロディとしても大衆的な波及力を持った。芸能人の仮想結婚生活を見せるリアリティ番組では、女性芸人の金スクがミラーリングを適切に活用し、「男はおとなしく家で家事でもしてほしい」「男のくせに声が大きい」といった典型的な家父長言葉を逆転させる「家母長」キャラクターを演じた。金スクは、2015年に公開された映画〈マッドマックス〉(Mad Max:Fury Road)の女性戦士の名前にちなんで「フュリオスク」と呼ばれ、女性たちから爆発的な人気を得た。
 メガリアに対しては男性ヘイトに該当するとして、女性版イルベといった見方も多く提出された。進歩派の男性やフェミニストのあいだでもヘイトの無限連鎖を憂慮する声が少なくなかった。彼らはミラーリングによるヘイトの連鎖ではなく、合理的で冷静な討論によって女性たちは初めて真の抵抗の主体になりうると考えた。もちろん、メガリアがオンライン・コミュニティである以上、あらゆる暴力的な言葉が飛び交うカオス的空間が演出されたことは間違いない。ヘイト表現がストレス解消や人々の関心を惹くために活用されたことも否定できない。
 しかしミラーリングの戦略は、単にすでに在るもののコピーに止まるわけではない。ミラーリングは原本がいかにヘイトにまみれたものであるのかを反射を通して知らしめる戦略であった。何よりもメガリアによるミラーリング(風刺、嘲笑、パロディ)は実際の暴力を伴うことのない言語のパフォーマティビティに止まるものである7。男性たちのミソジニーと実際の暴力の高い相関関係が注目されるのに対し、女性たちのミラーリングは現実生活のなかで男性に脅威を与えたり、実際の暴力を稼働させるのが不可能なばかりでなく、むしろメガリアンであることが判明した場合の報復に怯える可能性がより高くなる。
 こうした意味でもメガリアのミラーリングを、女性ヘイトと対称的な男性ヘイトと見なすのは一面的である。女性たちにとってミラーリングの過程は、男性の視線によって対象化されてきた自らの位置と向き合う苦痛の経験でもあり、また興味深い学びの経験をともなうものであった。メガリアンたちは「誰かを憎むのは面白かった」「メガリアでヘイトの感情が何かを初めて理解した」「ヘイトは戯れの感情だった。男性たちが楽しみながらミソジニーを実践する理由がわかった」といった反応を見せている8
 メガリアを注意深く見守っていた多くの若いフェミニストたちは、「メガリアは男性ヘイトではない」あるいは「韓国で男性ヘイトは不可能である」との見解を示した。彼女たちが問題にしたのは、女性たちがたどり着いた複雑で至難な経路を読みとることなく、それを「男性ヘイト」と名付けることの思考の怠慢であった。つまり、メガリアが達成した地平を同等な男女間対立のフレームに落とし込む思考の安易さに対して、女性たちは執拗にノーを突きつけたのである。

4. ♯MeToo運動、そして日常の暴力の告発へ

 2018年に入り女性たちの抵抗はさらに爆発的な♯MeToo運動へと発展していった。女性検事による男性上司に対するセクハラの告発から始まった韓国の♯MeTooは、その後またたく間に政治・芸術・スポーツ・芸能・学問といったあらゆる分野へ拡がり、韓国社会に蓄積されてきた醜悪なまでの性暴力とミソジニーの実態を明るみにした。告発があるたびに、「ジェンダー問題ではなく上下の権力関係の問題」「性暴力ではなく不倫」といった見解が執拗に見られたが、♯MeToo運動の勢いはそれを許さなかった。
 とりわけ次期大統領候補ともいわれた忠清南道の元知事・安熙正(アン・ヒジョン)による女性秘書への性暴力事件は市民社会に多くの衝撃をもたらした。これまで魅力ともされていた彼のヒロイックな振る舞いや言葉遣いなども、ジェンダー暴力として再定義されていった。他にも詩人の高銀(コ・ウン)や演劇人の李潤澤(イ・ユンテク)など、進歩派の知識人や文化人が♯MeTooのターゲットになったのはある意味当然のことであった。たとえ保守勢力のミソジニーがより強力であったとしても、フェミニストたちはそもそも彼らと近しい関係を結ぶことがない。保守勢力に対する進歩勢力の道徳的優位性が、ジェンダーについてはまるで当てはまらないことこそが、女性たちにとってより重要なことであった。
 その後火種は、中高生たちのスクール♯MeToo、隠しカメラによる盗撮、リベンジポルノ、デート暴力といったより広範囲で日常的な性被害の告発へとつながっていった。こうした取組みはとりわけ10-20代の若者たちのジェンダー観に多くの変化をもたらしており、近年では10-20代男性たちによるバックラッシュが大きな争点となりつつある。たとえば大統領直属の政策企画委員会が発表した「20代男性支持率の下落要因に関する分析および方案」という報告書は、20代男性の政権支持率が就任後に比べほぼ半分(41%)に減少した原因として、文在寅政権のフェミニズムに親和的な姿勢への反発を挙げ、20代男性の相対的剥奪感に配慮した政策や言動を心がけることを提案している。支持率下落をフェミニズムのせいにする、汎世代的なミソジニーを20代男性に特有のものとして把握するなど、この報告書は当初から多くの批判に晒された。果たして政権支持を左右する要因はジェンダー問題にあるのだろうか。正義と大義を語る民主化世代もまた、不動産投資や特権的な子女教育を通じた階層再生産に熱心であるという欺瞞こそが問題ではないのか。今回の曹国(チョグク)をめぐる世代間の温度差は、こうした複雑な階層問題の一端を見せくれている。バックラッシュは確かに始まっているが、韓国社会の隅々に見られる葛藤を過度にジェンダー問題に帰着させる必要はない。
 数年間のフェミニズムの高まりのなかで、女性たち内部でもさまざまな葛藤を経て複数のフェミニズムが生じつつある。その一部は生物学的女性に固執した女性原理主義ともいうべき極端な方向へも進んだ。当然ながらその過程は一様ではない。ただ♯MeToo運動は韓国社会に蓄積されてきたミソジニーや性暴力に対するかつてないほど決定的な介入であり、これこそが「ろうそくデモ」のもっともラディカルな成果であったともいえる。これまで民主化という大文字の政治によって後回しにされ、むしろ大義のためには「取るに足らない犠牲」と思われていたジェンダーや世代の問題は、今後ますます新たな政治を生み出していくだろう。そしてそれこそが民主化や正義の内実をより深めていくものと思われる。
 最後に、これを読んでもし「日本はまだましだ」という考えがよぎるならば、それは全く当たってない。韓国より比較的早い時期にバックラッシュを経験した日本で、ミソジニーはあまりにも日常化し見えなくなっている。韓国の状況を次のような問いに換えていく必要があるだろう。日本で♯MeToo運動への社会的な共感が広がらないのはなぜか? 日常の暴力を不可視化する力は何か? フェミニズム・リブートの余波は決して韓国にとどまるものではない。すでに変化の兆しは見えはじめている。


1. フェミニズム・リブート(フェミニズム再起動)とは、評論家の孫ヒジョンが名付けたフェミニズム運動の連続と断絶を含んだ言葉であるが、多くの韓国女性たちによって共感とともに繰り返し使われている。손희정『페미니즘 리부트』나무연필, 2017.


2. 2~3節の内容は、趙慶喜「韓国における女性嫌悪と情動の政治」(『社会情報学』6-3, 2018)の一部を再構成したものである。
3. Butler, Judith, Excitable Speech: A Politics of the Performative, Routledge.(竹村和子訳『触発する言葉――言語・権力・行為体』岩波書店, 2005.)
4. 『京郷新聞』2016.5.23.
5.イルベ(「日刊ベストストア」の略称)は, 2010年にDCインサイドというコミュニティから派生して生まれた(DCインサイドは日本での2ちゃんねるに値する)。イルべは当初はユーモアサイトであったが、徐々にネット右派によるフェイクニュースの発信地および交流の場として批判の的となった。
6. 2015年5月以後、MERS(韓国ではメルスと呼ぶ)によって計186名の患者が発生し、そのうち37名が死亡した。当初「MERSギャラリー」は純粋にMERSに関する情報交換サイトであったが、ふとしたことがきっかけで熱狂的な男女間の対立の場に変容した。性的アイデンティティやセクシュアリティの固定観念を覆すような女性たちの書き込みに対して、DCインサイドの管理人は今までおこなったことのなかった監視と弾圧を始めた。自らをメガリアン名乗る女性たちが、元サイトから分離し、新たなサイトで活動を始めた。
7. 류진희,「‘촛불 소녀’에서 ‘메갈리안’까지, 2000년대 여성 혐오와 인종화를 둘러싸고」『SAI』19.2016.
8. 『京郷新聞』2017.07.12.

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著者略歴

  1. 趙慶喜

    1973年生まれ、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、東京外国語大学にて博士号取得。2004年からソウル在住。現在、聖公会大学東アジア研究所助教授。歴史社会学、植民地研究、ディアスポラ研究。
    主な共編著に『主権の野蛮:密航・収容所・在日朝鮮人』(ハンウル、2017)、『「私」を証明する:東アジアにおける国籍・旅券・登録』(ハンウル、2017)、共訳書に金東椿『朝鮮戦争の社会史:避難・占領・虐殺』(平凡社、2008)、白永瑞『共生への道と核心現場:実践課題としての東アジア』(法政大学出版局、2016)、主な論文に「『朝鮮人死刑囚』をめぐる専有の構図:小松川事件と日本/「朝鮮」(『〈戦後〉の誕生:戦後日本と朝鮮の境界』新泉社、2017)、「裏切られた多文化主義:韓国における難民嫌悪をめぐる小考」(『現代思想』2018.8)など。

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