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きた道アメリカ、オモテウラ

砂漠地帯と消えた町バグダッド――カリフォルニアのもう一つの顔

カリフォルニアの景色
 全米を巡った中でカリフォルニアほどどこに行ったかによって印象の変わる州はないように思う。アラスカ、テキサスに次ぐ面積を誇るカリフォルニアは、広いだけでなく風景の多様さも随一だ。
 カリフォルニアといえばロサンゼルスやサンフランシスコなど大都市がまず思い浮かぶだろう。これら大都市では、全米を代表する最旬スポットから、スポーツ、芸術、エンターテインメントとアメリカの都市部の楽しみの何もかもが体験できる。サンフランシスコから少し足を伸ばせば、ヨセミテ国立公園の荘厳な景色にアメリカの大自然を感じることもできる。私にとっても、ヨセミテで迎えた厳かで静謐な元日の朝は、素晴らしい思い出となっている。
 サンフランシスコからサンノゼまでのいわゆるシリコンバレーでは、わずか1時間弱のドライブの間に、シアトルに本社を置くAmazonを除いたFAANG、つまりGoogle、Apple、Facebook、Netflixの本社が現れ、スタンフォード大学があるといった具合だ。しかし、カリフォルニアで集積しているのは何もIT企業だけではない。牧場といったら延々と続く牧場。緑の丘陵地帯の中に牛たちがのんびりと暮らす風景がひたすら続く。オレンジ畑が始まれば、果てしなく続くオレンジ畑だ。
 そんなカリフォルニアに私たちが初めて足を踏み入れたのはシカゴから始まるルート66の最後の州として、アリゾナ州からコロラド川を渡った2018年7月だった。橋を渡ると程なくコロラド川沿いに広がる町や集落が見えてくる。ニューメキシコから既に砂漠の景色の中を1000km以上走ってきたわけだが、グランドキャニオンを形成し、砂漠地帯の中で人々の暮らしを成り立たせてきたコロラド川の偉大さがここに来てしみじみと感じられる。
 見える町の一つは鉄道の街・ニードルズ。その向こうに見えるのは、アリゾナにまたがって広がる先住民のフォート・モハベ居留地だ。居留地といっても、先住民の土地と白人の土地が複雑に入り組んで「チェッカーフラッグ」状になっているのだが(この状態はオンラインマップで容易に確認できる)。元々狩猟採集民族としてコロラド川沿いを移動しながら生活していたこの部族は、土地と伝統的生活・文化の基盤を奪われ、定められた居留地に住むようになった。しかし、その居留地すら徐々に部分的に白人のものになっていき、現在のこのような形になっていったようだ*。これだけでも気の重くなる話だが、その後に延々と続いた砂漠地帯の風景は、真夏の太陽とともに私たちを絶望的な気持ちにさせるものだった。

カリフォルニアの隠れた見所ゴーストタウン
 ガイドブックによれば、旧ルート66は州間高速道路40号をニードルズを右手に見ながらしばらく行った後北に折れ、州道95号を経て一般道のゴフズ・ロードへと続いていたようだ。

 かつての国道ルート66は、1985年に州間高速道路の整備に伴い廃線となっている。そのため、今その跡を走ろうとすると、いくつもの道を乗り換えながら行かねばならない。
 砂漠と山以外ほとんど何もないゴフズ・ロードをしばらく進む。山を切り拓いて真っ直ぐ道を通した州間高速道路と違い、1926年に開通したルート66や19世紀から整備の進んだ鉄道は山を避け平地を選んで敷設されている。
30分ほどして見所として挙げられていたゴフズにたどり着いた。しかし、そこには何もない。正確にいえば、既にゴーストタウンになっているようだったということである。廃校になった学校らしきものが残されており、確かに手元のガイドブックにはこの学校を紹介して「モハベ砂漠で最もよく保存された開拓時代の入植地」と書いてある。しかし、学校だけでなく町全体が既にゴーストタウンだったのだ。
 実際、カリフォルニアには無数のゴーストタウンがあるとは聞いたことがあった。1846年から2年続いた米墨戦争の結果、ネバダ、アリゾナ、ニューメキシコ等近隣他州とともにアメリカ領になったカリフォルニアは、直後からゴールドラッシュに沸き多くの開拓民が押し寄せたという。しかし、それらの町の多くが今ではゴーストタウンになっているらしい。各地の観光やグルメ、エンターテインメント情報を紹介するサイトに「カリフォルニアのゴーストタウン」というテーマのページがあるくらいだ。
 ここまで中西部では、田舎町ながらルート66の賑わっていた時代が偲ばれる場所が多く、アメリカの黄金期を感じさせる旅だった。

昔ながらのモーテルが立ち並ぶニューメキシコ州トゥクムケアリ
昔ながらのモーテルが立ち並ぶニューメキシコ州トゥクムケアリ

アリゾナ州キングマンの名物ダイナー
アリゾナ州キングマンの名物ダイナー

 しかし、カリフォルニアではこうした面影はほとんど消えているようだった。

消えた町バグダッド
 ゴフズを過ぎると次の見所は、アンボーイ、そしてその先にあるバグダッド・カフェだ。前者は今も現役のモーテルがあるという小さな町、後者は今年日本公開30周年を迎えたかつてのミニシアター・ブームの代表的映画「バグダッド・カフェ」のロケ地となった場所である。
 道の修復のための工事現場以外は何もない砂漠地帯が延々と続く。

 1時間ほど走ると、アンボーイにたどり着いた。そこには、ロイズ・モーテル・アンド・カフェとそこに付属するガソリン・スタンド、その向かいに郵便局が1軒あるだけであった。隣には、廃校になった学校がまたしてもあった。

 この町の人口はわずか4人。モーテルの経営者一家と、せいぜい郵便局員が住んでいるだけといったところだろう。客は一応いるようで、道に書かれたルート66のサインの前で写真を撮っている一家がいた。既に日暮れも近い時間になっていた。ここからバグダッド・カフェまではさらに1時間ほどかかる。私たちは先を急いだ。
 絶望的なまでに何もない砂漠を進みながら、助手席でふとスマートフォン上のオンラインマップを見ると、少し先に「バグダッド」という地名が見える。しかし、その場所に実際にさしかかっても何もない。さらにその先には、シベリアという町名が見えるが、やはり行ってみると砂漠が広がるばかりである。
もしや、と思って調べてみたが、やはり元はそこに町があったようだ。パッとみたところではもはや廃墟すら見当たらないけれど。バグダッドは1883年にこの地に鉄道ができたときに作られ、州間高速道路40号の整備に合わせ見捨てられた町だった。「バグダッド・カフェ」も、この町で起こったという設定で作られたようだ。
 バグダッド・カフェに到着すると、既に閉店時刻を過ぎており、中に入ることはできなかった。最後の客だろうか、中からフランス語を話しながら白人の一家が出てくる。バグダッド・カフェは旧西ドイツの映画で、この場所はヨーロッパからの観光客に人気のスポットらしい。映画に出てきたモーテルの姿はなく、ガソリン・スタンドも古びた給油機があるが営業している気配はない。熱風の中、沈んでいく夕陽を浴びて佇むバグダッド・カフェを眺めて、無性に悲しい気持ちになった。バグダッド・カフェの向こうに、多くのトラックが40号を走っていくのが見えた。


大都市とその郊外と
 私たちも、40号に乗り、今日の宿泊地バーストーに到着した。ロサンゼルスまで車で2時間弱のその街は既に大都市の郊外の景色だった。大型のスーパーやチェーンの飲食店、住宅が立ち並び、歩いている人々も多様だ。久しぶりにアフリカ系やアジア系の人たちを見かける。
 猛暑の砂漠で事故なく1日を終えられたことに安堵しながら、やはり今日感じた絶望感や悲しみが体の中心にまだ残っていた。砂漠の中で町を維持していくのは非効率だけれど、ここまで通ってきた同じように荒野の続くニューメキシコやアリゾナでは、小さな町がまだたくさん残り、スクールバスのバス停があった。一方で、カリフォルニアでは既に人が大都市とその郊外に集約されてしまったかのようである。わずか120年ほどの間に多くの町が勃興しては消滅していった激動のカリフォルニアの歴史に日本の未来を見た気がし、小さな離島で育った私には無性に悲しみと寂しさがこみ上げてきたのかもしれない。

*鎌田遵著『ネイティブ・アメリカン――先住民社会の現在』(岩波新書)を参照。

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著者略歴

  1. 鈴木 晶子

    NPO法人パノラマ理事、セプテンバー・ハウスMAJコアメンバー(米メリーランド州登録NPO)。臨床心理士。大学院在学中よりひきこもり支援に関わり、若年無業者支援、生活困窮者支援などの現場を経験。生活に困難を抱える女性、若者、子どもの支援を中心に活動している。現在、在アメリカ合衆国。著書に『シングル女性の貧困――非正規職女性の仕事・暮らしと社会的支援』(共編著、明石書店、2017年)など。

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