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きた道アメリカ、オモテウラ

既視感と哀しみのラスベガス

カジノの街・ラスベガス
 世界各国からの駐在員が暮らすワシントンD.C.エリアでよく話題になるのは、休暇の旅の話だ。その中で、多くの人が一度は行くけれども賛否両論の旅先にラスベガスがある。
「夫がボクシングの試合を見たいっていうから行ったけど、クリスマスにラスベガスに行く人なんていないってみんなに笑われたわよ。夫だけ大満足」
「夫婦でカジノで遊んだけど、意外と安く済んで楽しかった!」
「ギャンブルで使い果たしたのか、裸足で途方にくれている若い女の子を見た」
「おかしな男が高校生の娘に性的なチラシを持って声をかけてきたの! ありえない!!」
「子どもも賭けられるホテルもあるのよ。信じられない」
 地元メリーランドに長く暮らすアメリカ人女性は「カジノは嫌いだからラスベガスには行ったことがないわね。カジノの是非を問う住民投票では反対票を入れたのよ」という(アメリカではカジノを地域で解禁するか否かにあたっては住民投票をするのが通例のようだ)。
 日本ではIRはカジノ(ギャンブル)ではないと喧伝されているようだが、多くの人にとってやはりラスベガスはカジノの街だ。もちろん、エンターテインメントも魅力で、ラスベガスが良かったという人の多くはカジノに加えてエンターテインメントをあげるし、「ラスベガス・スタイル」だとか「ラスベガスのディーバ」なんていうのはキャッチコピーの一つの定番だ。けれども、国中に上質なエンターテインメントが溢れているアメリカにあって、カンファレンス等目的を持った出張か、「グランド・サークル」と呼ばれるグランドキャニオン等国立公園集積地への旅の起点としてついでに訪れる以外に、わざわざラスベガスに行くのは主にギャンブルをする人だ。ギャンブルは一切やらない私も、年末の休暇を使ったグランド・サークル巡りの途中でラスベガスに立ち寄ることにした。
 ザイオン国立公園を後にして、中西部らしい砂漠地帯を半日走ると突如大きな街が見えてきた。ラスベガスだ。余談だが、この辺りではアメリカらしいちょっとした話題がある。クライブン・ブランディという牧場夫が20年以上、放牧料を支払わずに連邦政府の土地を占拠し続け、最終的に家畜の没収という手段に出た連邦政府に対して、武装して徹底抗戦したのだとか。なんとも驚きの話だが、武装は合衆国憲法で保障された人民の権利だし、一連の連邦政府の対応を「連邦政府の越権行為」であると彼ら一家に共感して武装した民兵が集結したのだとか。彼らからしてみれば独立戦争以来の伝統を守るといったところかもしれない。占拠したのが先住民の土地なのか、メキシコ領なのか、連邦政府の土地なのかといった違いはあるけれど。

全てがフェイクとデジャブ
 高速道路を降りて市街地に入ると、左手には金色に輝くトランプホテルが見える。

 右に曲がって目抜き通りのラスベガス・ブールバードに入ると、日本参入が話題となっているラスベガスサンズ経営のザ・ヴェネチアン・リゾートが目に入る。
――あぁデジャブ……。
 ラスベガスに来たのは初めてなのだが、マカオに行った際に、当時まだ真新しかったザ・ヴェネチアン・マカオに立ち寄ったことがあるのだ。
 向かいには火山のショーが有名なミラージュ、その後通りを進むと左手にはパリス・ラスベガスのミニ・エッフェル塔、右手にはシーザーズ・パレスのジュリアス・シーザーやらサモトラケのニケの像のレプリカを散りばめた噴水が見える。

――全てがフェイク。
 少し呆れたようにラスベガスをそう評した、スペインから来ている友人の顔を思い出す。確かに、ヨーロッパで本物を見慣れた彼女がそう思うのも無理はない。
 このシーザーズ・パレスが今夜の私たちの宿だ。ちなみに、私たちの宿泊料は、無料である。その前の夏、シーザーズ・パレスを擁する大手ホテル・チェーンの、どのクラスの宿でも2泊すればボーナスポイントがつくというキャンペーンで、無料でこのホテルに泊まれるほどのポイントを獲得していたのだ。泊まったホテルは、激安モーテルとしてアメリカではおなじみのスーパー8などで、実際にその際に使った金額の3倍ほどの宿泊料のホテルに今回泊まれることになった。

キャプション「左が宿泊料を出して泊まった田舎町の激安モーテル。右がそのポイントで無料で宿泊したラスベガスのシーザーズ・パレス

[写真]左が宿泊料を出して泊まった田舎町の激安モーテル。右がそのポイントで無料で宿泊したラスベガスのシーザーズ・パレス

  物価の高いアメリカだが、セールやプロモーションは桁違いのスケールになることがしばしばある。
 さて、ホテル内を駐車場からフロントまで歩くには、カジノを抜けていかねばならない。小さな娘を連れてカジノの脇を歩くのは嫌だなぁ、と思うのだが、他にルートはないし、皆そうしているので仕方がない。お隣カナダでは、ゾーニングがはっきりしていてカジノ・エリアに入るには写真付き身分証明証を見せねばならなかったのだが。
 ホテルに荷物を置いて、併設されたショッピング・モールを歩いてみる。お台場のような、いつか見た景色だ。シアターではセリーヌ・ディオンのショーをやっていたが、チケットは高額だ。これならワシントンに帰ってから、好きなアーティストのコンサートをチェックした方が良さそうだ。
 賑わうラスベガスの街を歩いてみる。さすがにホリデー・シーズン、人で溢れかえっている。数日後に控えたマルーン5のコンサートの巨大広告を通り過ぎると、有名なベラージオの噴水ショーに出くわす。これもマカオで観た。10年近く前の当時は物珍しくて、携帯電話で動画を撮ったのでよく覚えている。やはりデジャブだ。
 やれやれと思っていると、横を日本ではおなじみの広告トラックが通過する。露出度の高い女性たちが目に飛び込んでくる、性的な広告だ。アメリカの他の場所ではまずお目にかかることはないものだ。子連れの私たちは、さらにやれやれといったところだ。
 その後もどこかで見たようなフェイクの建物や、アメリカではおなじみすぎて何の目新しさもないハードロックカジノを横目に見ながら、ミニ自由の女神像のあるニューヨーク・ニューヨークで夕食を食べることにした。

 中に入ると日本でも見たことがあるような室内テーマパークといった内装で、これもまたデジャブだ。久しぶりに都会に出て食べた和食と、さすがラスベガス! と思わせる素晴らしい接客は満足のいくものであったが。
 「なんだかワールドクラスの超豪華バブル観光地だなぁ……」そんなことを思いながら、再び噴水ショーを通り過ぎるラスベガス・ストリップの帰り道であった。

哀しみのラスベガス
 翌朝、私たちは身支度を整えて早々にチェックアウトして、街の南側に向かった。ほどなく、マンダレン・ベイ・リゾートと向かいの野外イベント会場が見えてくる。2017年に58名が死亡、546名が負傷した米国史上最悪の銃乱射事件の現場だ。このホテルの窓から野外ライブ会場に向けて犯人は銃を乱射し、自らも命を絶った。イベント会場の周りも一周してみたが、今や花を手向ける人もなく、知らずに通ったらそのような惨劇があった場所だとは誰もわからない。

   

 アメリカでは多くの銃乱射事件が起こっており、その惨劇の現場をどうするかは常に問題になるようだ。大規模テロの現場や、著名人が暗殺された場所は、記念碑やミュージアムが建つなどして保存が図られている。しかし、頻繁に起こる銃乱射事件では、その現場は日常の中に埋没していく。2016年に起きたオーランドの銃乱射事件(LGBTQを狙ったヘイトクライムでもある)の現場には記念館が設立されているが、このような動きは稀のようだ。
ラスベガスに到着してからのこの20時間ほどを振り返ってみると、”Vegas Strong(頑張ろうラスベガス)”というステッカーを貼った車をたった一台見かけた以外は、この街全体がこの悲劇を忘れ去り、終わらない宴が毎夜繰り返されているように見える。
 犯人には自殺願望があった、という以外何も動機は分かっていないアメリカではこの年4万7173人が自死で亡くなっている。そのうちの1人が58名の尊い命を巻き添えに亡くなったわけだ。けれども、この国が正面からこの許されざる罪の根源と、自殺を増加させている人々の絶望に向き合う日はまだ来ていない。
 もう2度とこの街に来ることはないだろうね、そう話しながら、私たちは次の目的地デスバレー国立公園に向けて、ラスベガスを後にした。

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著者略歴

  1. 鈴木 晶子

    NPO法人パノラマ理事、セプテンバー・ハウスMAJコアメンバー(米メリーランド州登録NPO)。臨床心理士。大学院在学中よりひきこもり支援に関わり、若年無業者支援、生活困窮者支援などの現場を経験。生活に困難を抱える女性、若者、子どもの支援を中心に活動している。現在、在アメリカ合衆国。著書に『シングル女性の貧困――非正規職女性の仕事・暮らしと社会的支援』(共編著、明石書店、2017年)など。

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