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きた道アメリカ、オモテウラ

みたび民泊――シアトルのおしゃれ住宅街でキャンピングカーに泊まる

注目エリアのおしゃれキャンピングカーへ
「ママ、街だよ!」
 五大湖沿いのミルウォーキーから出発し、イエローストーン国立公園など観光地に寄りながらレンタカーで走ること5600km。シアトルにたどり着いた。娘はこの旅初の大都市より、今晩生まれて初めて「キャンピングカー」に泊まるということ興奮しているようだ。
 不動産価格が高騰して多くの人がホームレスになっているシアトル。リーズナブルな価格のホテルを見つけることは難しい。そこで、大手民泊サイトAirbnbで宿を探した。不動産価格高騰の原因になっている民泊投機目的のマンションなどを避けようとした結果、駐車場に置かれたキャンピングカーに泊めてもらうことにした。
 アウトドアにも車にも疎い私にはよくわからなかったが、Airstreamというおしゃれで人気のキャンピングカーらしい。シアトル在住経験のある友人が「おしゃれで注目のエリア」と言っていたクイーン・アンという住宅街だ。価格は1泊68ドル。シアトルでは破格だ。
 ダウンタウンを抜け、クイーン・アンに入ると、久しぶりにバーニー・サンダースの選挙ステッカーを貼っている車をちらほら見かける。アメリカでは最もプログレッシブな政治家で、2020年の大統領選に向けても民主党候補指名争いのトップランナーの1人だ。ちなみにこの旅で、シアトルに入る前までに見た選挙ステッカーはトランプ大統領のステッカー1枚きりだった。

リベラルな住宅街でホームレスのおっちゃんに出会う
 そんなおしゃれかつリベラルな住宅街だが、私たちはまずコインランドリーに向かった。ここ数日の洗濯物が溜まっていたのだ。しかし、ランドリーに入ると少々困ってしまった。支払いにはコインではなくプリペイドカードが必要らしい。
 私たちがもたもたしていると、横の椅子に腰掛けていたホームレスのおっちゃんという様子の白人男性が私たちに話しかけてくれた。自分の持っているカードで立て替えてくれるらしい。使い方も教えてくれる。なるほど、こうして私たちのような客にランドリー代を立て替えるサービスをしてチップをもらっているのだな、と合点がいった。私たちは、ありがたく立て替えてもらい、洗濯機を回して「また後で来るね」と宿のチェックインに向かった。
 到着すると写真で見ていた通りのおしゃれなキャンピングカーだ。

 オーナーの家は大きな家屋に加え、都市部としては比較的広い庭がある。庭には子どもたちが遊ぶトランポリンが置かれている。向かいは大きな公園で住環境は最高だ。
 セーフティーボックスから鍵を出し中に入ると、驚くほど快適だ。手前のダイニングスペースにはソファベッドとテーブル、冷蔵庫はもちろんオーブンまでもが備えられたキッチンだ。その奥に狭いながらも機能的なシャワールームとお手洗い、ダブルベッドが置かれた寝室がある。

 

 ソファで休憩した後、ランドリーに戻った。また先ほどのおっちゃんが今度は乾燥機を回してくれる。「また来るね」そう言って、私たちは夕食をとるためそのすぐ近くの地中海料理のお店に入った。
 やっと海沿いまで来たので、シーフードリゾットや、地方ではあまり選択肢のない野菜料理をオーダーした。出てくる量も多すぎず適量で、久しぶりに健康な生活に戻ったような気がする。地ビールのグラスを傾けながら、テラス席から道ゆく人を見回すと、肥満といえるほど太っている人はほとんどいない。4割の人が肥満という「肥満大国アメリカ」で、である。
 食事の途中で乾燥機が終わる時間になったので、私は席で留守番、ツレと娘が洗濯物を取りに行く。トータルのランドリー代は7ドルで、おっちゃんへのチップを合わせて10ドル渡してきたそうだ。それにしても住宅地のランドリーに1日に何人彼の「サービス」を必要とする人がくるのだろうか? 夜はランドリーも閉まってしまうけれど、今晩おっちゃんはどこで寝るんだろう? 咳込んでいたけれど、きっと肺が悪いんだろうな(路上生活で肺を悪くするホームレスの人は多い)、保険入ってないんだろうな……。低い声でボソボソ話すおっちゃんと英語で話すのは難しかったけれど、せめて名前くらい聞いておけばよかった、と後悔した。シアトルを郡都とするキング牧師の名を冠したこの郡には、1万2000人以上のホームレスがいる。その一人ひとりに私たちと同じように、名前と生きてきた道と今の暮らしがあるのだから。
 レストランからの帰り道、ゆっくり周囲を見回すとどこも立派な家ばかりだ。デザインも中世風からモダンなものまであり、目を楽しませてくれる。1軒建てるのに一体土地建物でいくらかかるんだろうか? 考えてみても想像すらできなかったけれど。

ドリップコーヒーで始まるシアトルの1日
 翌朝、目を覚ますと、いつもよりずっと寝心地が良いことに気づいた。布団がかなり良いものなのではないか。

 コーヒーを入れようとキッチンに立つ。水道の蛇口も、デザイン的にも機能的にもかなり良いものだ。コーヒーメーカーが主流のアメリカで、コーヒー豆が置いてあり、ペーパードリップで入れるようになっている。昔、喫茶店でアルバイトをしていた時に教えてもらったのを思い出して、少量のお湯を注ぎ粉を蒸らしてから、ドリップしてみる。さすがに美味しい。
 見渡すと、あらゆるものにこだわりがみられる。細部に至るまでカスタマイズしているに違いない。休暇を楽しむためのキャンピングカーだが、想像するに東京で軽く1軒家が建つくらいの金額がかかっているのではないだろうか……。空恐ろしくなったが、ワシントンD.C.界隈でも別荘とヨットを持っていて休日はそれで楽しむというような話はよく聞くので、特別な富裕層でなくともアメリカのアッパー・ミドルクラスの家庭では普通のことなのかもしれない。
 その日はまず中央図書館に向かった。娘は子どもコーナーで本を読んだり、おもちゃで遊んだり、タブレットの子ども向けアプリを開いたりして遊んでいる。カウンターに目をやると、学習支援のチラシが見える。ウェブサイトによると、支所によっては夏休みの間子どもに無料の食事を提供している図書館もあるようだ。

 モダンなデザインの図書館を、1階の子どもコーナーから最上階までひとしきり見て回る。膨大な書棚に加え、多くのデスクやパソコンがあり実に様々な人がいる。ホームレスらしき人もいる。もちろん、誰もこの公共空間から彼らを追い出したりしない。

 

 その後、有名なパイク市場を見て、タイ料理屋で昼食をとったあと、シアトルのランドマーク的タワー・スペースニードルを目指す。タワーの麓にある公園と子ども向けミュージアムで、夕方まで娘を遊ばせ、路面電車で再びクイーン・アンに戻った。
 ディナーは、宿のオーナーおすすめレストランを予約しておいた。人気店のようで昨晩の時点ですでに5時半からしか席が空いていなかったので、いつもより早い夕食だ。いくつかの前菜を頼んでシードルやワインを飲む。どれも美味しい。高価格帯のお店なので、正直公園でテイクアウトのクラムチャウダーである程度お腹を満たしておいてよかった、というところだけれども……。

 

 食事を終えて宿に戻ると、庭にオーナーと子どもたちが出ていた。ちょうど良いので、声をかけて初めて対面で挨拶をする。オーナーのジェシカさんご夫婦は、ヘルスケア関連の企業の経営者だという。少し立ち話をして立ち去ると、入れ替わりに通りすがりの近所の人がジェシカさんに話しかけていた。

一つの街と道の越えがたき壁
 翌朝、早々にチェックアウトして朝食をジェシカさんお勧めのベーカリー・カフェでとった。とても美味しく、また仕事をするにも良さそうなカフェだ。

 いい滞在だったなぁ、と思いながら同じこの街にいるランドリーのおっちゃんの顔や、シアトルから東に走る大陸横断路線・州間高速道路90号のはるか向こうにある地方都市クリーブランド、ラストベルトの田舎町がどうしても思い出される。アメリカの越えられない格差の壁をしみじみ感じながら、さらに太平洋岸を目指して出発した。この後、携帯電話の電波も通じない山の中でタイヤがパンクするというこの旅最大のアクシンデントが待っていようとは、その時は夢にも思わなかったけれど。

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著者略歴

  1. 鈴木 晶子

    NPO法人パノラマ理事、セプテンバー・ハウスMAJコアメンバー(米メリーランド州登録NPO)。臨床心理士。大学院在学中よりひきこもり支援に関わり、若年無業者支援、生活困窮者支援などの現場を経験。生活に困難を抱える女性、若者、子どもの支援を中心に活動している。現在、在アメリカ合衆国。著書に『シングル女性の貧困――非正規職女性の仕事・暮らしと社会的支援』(共編著、明石書店、2017年)など。

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