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きた道アメリカ、オモテウラ

アメリカ版町おこし! グラウンドホッグデーにパンクサタウニーに行ってきた

アメリカの町おこし
 アメリカを車で旅していると、小さな町のいろいろな町おこしの工夫を目にする。例えば、歴史的町並みの残るヒストリック・ディストリクトの看板はあちこちにあり、実際おしゃれで人気の小さな町ランキングは旅サイトの定番テーマの一つだ。一方で、一風変わった、しかもアメリカらしいスケールの大きな町おこしというと2つの町が思い浮かぶ。
 一つはニューメキシコ州のロズウェルだ。1947年に起こったロズウェルUFO事件の舞台であり、日本でもUFOの特集番組に度々紹介されたり、ドラマが日本でも放映されたということでご存知の方も多いだろう。実際に訪ねてみるとUFOミュージアムはかなり混雑していて、町中UFOと宇宙人の装飾やグッズで溢れている。これをみるとUFO事件は米軍までも巻き込んだ一大町おこしだったに違いないと思えてくる。
 もう一つがペンシルバニア州のパンクサタウニーだ。ペンシルバニア州の中でも東のフィラデルフィアより、西の工業都市ピッツバーグに近い場所にある小さな田舎町である。アメリカに住んでいる人なら誰でも知っている「グラウンドホッグデー」が行われる町だ。グラウンドホッグデーは毎年2月2日に行われる季節を占うお祭りで、その名の通り小動物グラウンドホッグの“フィル”がその年の春の訪れの時期を占ってくれるというものだ。

 初めてテレビでみたグラウンドホッグデーは、正直言えばばかばかしくて仕方のないものだった。シルクハットをかぶって正装した紳士たちが、小さなグラウンドホッグをうやうやしく抱きかかえ、占いの結果を伝えるのだ。驚くことに、そんな人口6000人の小さな町のお祭りをマスコミ主要各社が必ず報道し、多い年には2万人もの観客が集まるのだとか。なんだかその微笑ましさが私は気に入って、翌年2月2日が土曜日に当たるということで、家から車で約4時間離れたパンクサタウニーに行ってみることにした。周囲の友人たちには驚かれたけれども。

早朝の大混雑
 2月1日金曜日の夜、仕事から上がってきた連れ合いの車に娘と乗り込んだ。フィルの占いは夜明けと共に行われるということで夜のうちにペンシルバニアまで移動することにしたのだ。パンクサタウニーの宿は気付いた時にはいっぱいだったので、少し離れた町に宿をとり、夜のうちにそこまで移動した。
 翌日早朝、暗い中モーテルを出てさらに移動した。パンクサタウニーに近づくと、道は渋滞となった。式典のための駐車場からは、シャトルバスと化したスクールバスが何台も走っていく。
 外はマイナス10度を下回る極寒だ。車内でスキーウェアや防寒具を身につけ外に出る。ちょうど花火が上がった。式典自体はとうに始まっていたのだが、寒い中外に長い時間いるのは子連れには現実的ではないので、ちょうど式典の最後の占いだけ聞けるような時間にやってきたのだ。
 会場のゴブラーズ・ノブに一番近い駐車場からの道は傾斜のきつい坂道で、地図で見るよりもたどり着くのはかなりハードだ。たどり着いた時間は6時半ころ。徐々に空が白んで、夜明けはすぐそこだ。既に多くの人が集まり、日の出とともに行われる占いに向け、観客のボルテージは高まっていた。ステージははるか向こう、小さなフィルの姿はとても見えそうにない。

“No shadow!”
 日の出時刻を過ぎ、娘や他周りにいる子どもたちが寒くてぐずり出した頃、いよいよ占いの結果が発表された。フィルは影を見なかった、つまり春はすぐそこ、という結果だ。その声と同時に、少なからぬ人が全力で走り出す。呆気にとられてみていると、たくさん並べられた簡易トイレに駆け込む人、町に戻るシャトルバスに駆け込む人たちのようだった。確かに、人が動き始めれば、バスもトイレも長蛇の列だ。
 私たちは、とりあえず暖をとろうとすぐ後ろにあったテントに入った。すし詰めになって暖房の周りで温まっていると、係の人が来て子連れは横にある建物が利用可能だと案内をしてくれる。そちらに移動すると、どうやらプレスセンターとして使われていた場所を子連れにも開放してくれているようだ。飲み物やお手洗いもある。ノートパソコンで仕事をする記者の隣で、ホットチョコレートを飲んで体を温めた。さまざまな場面で子どもに優しいのは、アメリカの暮らしやすいところだ。
 暖をとった後は、ステージ上のフィルとグラウンドホッグデーを主催するグラウンドホッグクラブの紳士たちと記念写真が撮れるというので、ステージに向かってみた。しかし、まだまだ長蛇の列だ。とても子どもと一緒に並べそうにない。

 記念写真は諦めてステージの横からフィルの姿を見に行ってみる。

 1年に1度の大役を果たし小さなケースに入れられたフィルは、なんだかちょっと憐れである。

パンクサタウニーの町観光
 町のダウンタウンに戻り、朝食をとることにした。パンフレットによると、目抜き通りを中心に何軒か朝食を提供しているお店がありそうだ。行ってみるとやはりどこもいっぱいで、私たちはそのうち比較的空いていそうに見えた1軒Lily's Restaurantに定めて朝食をとるため、列に並ぶことにした。
 店内で待つものの順番は回ってこず、かなり長い時間待つことになった。席に着いてからも、注文したものはなかなかやってこず、結局朝食にありついたのは既にランチタイムに入った頃だった。どれもありふれたアメリカの食堂メニューだったので、何を注文したのかは忘れてしまった。
 その後、目抜き通りを車で少し移動していたら、朝が早くて疲れが出たのか娘は寝てしまった。連れ合いと交代で観光してみることにした。町で一番印象的だったのは、さまざまな姿をしたフィルの像だ。そこかしこにあり、観光客の目を楽しませてくれる。

 ダウンタウンの東の端には、ヴェトナム戦争の慰霊碑が入り口に設置された広場がある。絶えず戦争をしているアメリカには、さまざまな戦争の戦没者慰霊碑や、退役軍人を讃える場所がどこに行ってもある。

 この日は、この広場にさまざまなものを売るテントが建てられ、お祭りムードだ。中には「ヒルビリー・ジャーキー」なるものまで売られている。ヒルビリーは、アパラチア山脈地域の人をはじめとする田舎の白人を指す言葉だ。ステレオタイプな貧しい粗野な田舎者のイメージと結びついた言葉だが、そこを逆手にとった商品名ということだろう。みるとウェブサイトもコミカルだ。
 広場の東には図書館があり、フィルの住まいはこの建物内に作られている。多くの人がその前で記念写真を撮っていく。大役を終えたフィルはスヤスヤと休んでいた。

That’s Groundhog Day!
 観光を終えて車で出発すると、お土産店やグラウンドホッグクラブ前の混雑する町並みをあっという間に通り過ぎる。建物自体はかなりさびれている。食事をとった店も、普段広い店内がお客でいっぱいになることは、この風景からはちょっと想像し難い。働いていた女性たちも、今日だけ臨時で働いている人だろう。
 多くのアメリカ人が知っているこの町も、ピーク時の1万人から人口減少を続けている。この町を含むジェファソン郡の世帯年収(個人の年収ではない)の中央値は480万円ほど、子どもの5人に1人は貧困だ。年収1300万円以上でも低所得といわれる西海岸との格差は大きい。食事をした店の店員は全て白人の女性たちだったが、この町の98%が白人で、ラストベルトの「ヒルビリーの町」なのだ。彼らはどうして見捨てられてきたのだろう? 貧困問題に携わってきた者として思わずにいられない。
 ふと、レストランで待ちかねてまだ順番が来ないのかと尋ねに受付に来た客に、誇らしげに店員が言った言葉が思い出される。
“That's Groundhog Day!(これがグランドホッグデーよ!)”
 グラウンドホッグデーを題材にした映画「恋はデジャ・ブ」では、退屈なグラウンドホッグデーが終わりなく繰り返されるそうだが、町の人にとってみれば毎日がグラウンドホッグデーなら良いのに、というところかもしれない。

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著者略歴

  1. 鈴木 晶子

    NPO法人パノラマ理事、セプテンバー・ハウスMAJコアメンバー(米メリーランド州登録NPO)。臨床心理士。大学院在学中よりひきこもり支援に関わり、若年無業者支援、生活困窮者支援などの現場を経験。生活に困難を抱える女性、若者、子どもの支援を中心に活動している。現在、在アメリカ合衆国。著書に『シングル女性の貧困――非正規職女性の仕事・暮らしと社会的支援』(共編著、明石書店、2017年)など。

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