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残余の声を聴く――沖縄・韓国・パレスチナ

「オール沖縄」という主体とその危機 呉世宗

(1)「オール沖縄」という主体
 沖縄県内各市町村長選、統一地方選、沖縄県知事選など、2018年の沖縄は「選挙イヤー」と呼ばれるに相応しい一年であった。1月21日の南城市市長選から始まり、11月19日の渡嘉敷村長選まで、常にどこかであるいは沖縄全体で選挙が行われていた。9月などは翁長前沖縄県知事の急逝のため県知事選が繰り上げられたこともあって、ほぼ毎週末のように投開票のある、慌ただしい選挙月間であった。
 沖縄の選挙の場合、それぞれの候補が公約を掲げ、市民と対話をし、対立候補と公開で議論を交わす、といったよく見られる光景がある一方で、ここ最近は「オール沖縄」と「保守」という対立を前景化しながら選挙が執り行われている。南城市長選では「オール沖縄」陣営の瑞慶覧長敏が当選し、反対に新基地建設が強行されている辺野古を内に含む名護市では、自民党に推薦された「保守」陣営の渡具知武豊が当選している。あるいは宜野湾市長選では「保守」側が勝ち、那覇市長選では「オール沖縄」が勝つ、というように結果がでるたびに「オール沖縄」と「保守」の勢力図が目まぐるしく書き換えられた。もちろんどちらの陣営も一枚岩ではない。「オール沖縄」内での意見の対立や支援者の脱退もあるし、米軍基地という歴史的現在的問題があるために「保守」も「本土」の保守政党と完全に重なることはない。しかしそれぞれの内に亀裂をはらみつつも、「オール沖縄」対「保守」という図式は、現在のところまだ強い影響を及ぼしている。今回のエッセーで私は、両陣営のうち、主に「オール沖縄」が体現する沖縄という主体について、わずかばかりの検討をしてみたいと考えている。
 「オール沖縄」と「保守」という対立は、基本的に基地問題をめぐってその軸が形作られる。もちろん両者とも基地を問題にはする。しかし保守陣営は、問題を普天間飛行場の危険性に絞り、辺野古新基地建設を争点から外すことを選挙戦略としてきた。それに対しオール沖縄陣営は、普天間飛行場の運用停止を求め、同時に辺野古新基地建設も反対することで、基地問題をより全面的に選挙の争点にしてきた。要するに実質的に基地の沖縄県内「移設」を容認する保守陣営と、新基地建設に関しては断固拒否するオール沖縄陣営という対立があるのである。
 さて、そのように基地問題を大きく争点化する「オール沖縄」であるが、その誕生は、直近で、1995年に起きた「沖縄米兵少女暴行事件」からである。この事件があまりに痛ましく残忍であったため、沖縄全体が米軍と基地に向かって大きな抗議行動を起こしたことは記憶に新しい。またこの事件は、あまりの凄惨さゆえに島の人々にとってトラウマの記憶ようになっており、米軍が問題を起こすたびにその記憶が蘇ることになる。そのように痛ましい事件をもたらしてしまう基地に対し、保革を超えて連合し、抵抗、解決しようとするところから「オール沖縄」は生まれた。
 とはいえ当初は「オール沖縄」という名ではなかった。95年の事件は、大田県知事(当時)による代理署名の拒否、施政権返還後最大の沖縄県民総決起大会の開催などを引き起こすが、この沖縄全体での抗議行動は「島ぐるみ」として認識されていた。
 「島ぐるみ」という言葉には、言うまでもなく1950年代の土地闘争の記憶が結びついている。「オール沖縄」という名称が使われるようになったのは、鳩山政権が米軍基地の「国外・県外移設」を主張した2010年ころからのようであるが(櫻澤誠『沖縄現代史―米国統治、本土復帰から「オール沖縄」まで』中公新書、2015年、p.304)、名前が変わったとしても当然そこにも50年代の記憶は流れ込んでいる。つまりオール沖縄は95年を契機としつつも、それよりも40年以上前からすでに始まっていたと言え、オール沖縄を結集させる根拠に現在的で歴史的な基地問題があることは間違いない。知事選の際、普天間飛行場の運用停止を求め、辺野古新基地建設阻止を貫徹すると述べた玉城デニーが、選挙の出発式を伊江島から始めたことは、まさにオール沖縄を象徴するものであった。というのもその島は沖縄戦のときの激戦地であり、また戦後の米軍による土地接収に抗った、阿波根昌鴻らの乞食行進に象徴される「島ぐるみ闘争」の源流でもあったからだ。この点にからもオール沖縄陣営は、沖縄の歴史を背負っていると言ってよい。
 他方、沖縄の人々の基地問題に対する関心も高い。琉球新報、沖縄テレビ放送、JX通信社との合同の世論調査の結果、2018年の知事選において重視する政策に基地問題を挙げた人が41.6%にものぼったことに見られるように(2018年9月17日付『琉球新報』)、昨年の知事選に至るまで基地問題は人々の関心の中心であった。そして投票率63.24%、8万票差以上の39万6632票を獲得した玉城デニーが新知事に当選したことは、沖縄の「民意」が反普天間飛行場、反辺野古新基地建設であることを示すものであった。
 これに2019年2月に実施された、辺野古新基地建設の是非を問う県民投票の結果を加えてもよいだろう。紆余曲折を経て沖縄県内の全市町村で実施された県民投票の結果は、投票箱が閉じられる30分前に投票率50%を超え(最終的には52.48%)、辺野古新基地建設に反対が72%、賛成が19%、どちらでもないが9%であった。反対票は有権者の1/4を超え、玉城知事が当選したときの得票数を上回った(43万4273票)。県民投票の結果に法的拘束力はないものの、これもまた玉城新知事を支える「民意」の現れであった。
 2018年9月の知事選および2019年2月の県民投票それぞれの結果が明らかになった直後には、政党や会派、新聞社説による次のようなコメントが紙上に溢れた。知事選の結果に関しては、「県民とオール沖縄の力が増した」(共産)、「県民は基地問題を重要視していたのでは」(維新)、「県民の良識によって勝利した」(沖縄の風)、「県民は辺野古反対の審判を下した」(社大党)、「イデオロギーを超えて結束した県民の勝利だ」(自由党県連)など。また新聞社説も「政府は、前回、今回と2度の知事選で明確に示された民意を率直に受け止め、辺野古で進めている建設工事を直ちに中止すべきだ」と論じた(2018年10月1日付『琉球新報』社説)。県民投票の結果に関しては、「県民の良識を誇りに思う」(社民党県連)、「圧倒的反対、県民を尊敬」(会派おきなわ)、「安倍政権への県民の良識と怒りの勝利」(共産党県委)、「反対の民意は示された」(日本維新の会県総支部)などのコメントが出された。また「辺野古」県民投票の会の代表は、「明確な反対の民意が示された今、問われるのは本土の人たち一人ひとりが当事者意識を持ち、国の安全保障と普天間飛行場の県外・国外移転について国民的議論を行うことだ」と述べた。いずれも辺野古大浦湾の埋め立て、新基地建設を強引に進める日本政府への抗議・抵抗としての「民意」の現れであった。
 知事当選後の玉城デニーが、「新しい米軍基地は造らせない。辺野古新基地建設は絶対に認めない」「これ以上沖縄に造らず、日本の皆さんがどこに持って行くか考えてください、という立場だ。多くが『米軍はこれ以上必要ない』と言うなら、米軍の財産は米国に引き取っていただく」という発言は、この「民意」に後押しされたものであった。つまり「オール沖縄」とは、この「民意」に具体的な名を与えるものであった。そして両者は、各選挙・県民投票を経るたびに、循環しながら沖縄の主体を立ち上げ、強固なものにしていった。したがって「オール沖縄」とは、少なくとも2014年以来現れ続けている「民意」を核とする沖縄という主体の姿である。そしてその「民意」を「オール沖縄」に向かわせているのは、堆積し続ける基地問題であり、継承される沖縄の歴史的記憶である。


(2)「イデオロギーよりもアイデンティティー」
 このオール沖縄に体現される主体について考えるには、やはり前知事・翁長雄志の発言を少しばかり検討する必要があるだろう。
 翁長はオール沖縄に支えられて知事に当選し、また当選後二度に渡る埋め立て承認撤回を断行したことに見られるように、その行動や言葉が逆にオール沖縄を支えるという関係があった。自民党出身の保守政治家であったが、辺野古新基地建設問題をめぐって仲井眞元知事と決別し、2014年に沖縄県知事に当選した後は、秀でた歴史的感覚に基づく発言でオール沖縄を牽引していったのはよく知られている。度々「粛々と基地建設を進める」という日本政府に対して、「問答無用という姿勢が感じられ、〔1963年に「沖縄の自治は神話である」と言い放った〕キャラウェイ高等弁務官の姿が思い出される」と菅義偉官房長官に直接抗議したのは、沖縄の戦後史を生きてきた翁長知事ならではであった(琉球新報社編『魂の政治家 翁長雄志発言録』高文研、2018年、pp.62-3)。
 その翁長の言葉で、今もオール沖縄を支え続けている、なかばスローガンと化した発言は「イデオロギーよりもアイデンティティー」であろう。『魂の政治家 翁長雄志発言録』で確認する限り、その発言は、2014年の知事選出馬のときに言われたものである。もちろんそれ以前から翁長は、政党や会派が自分たちの目標を6~8割に抑え一丸となった運動をしないと状況は変わらないと考えてきた。「イデオロギーよりもアイデンティティー」という言葉はその思いを端的に表したものでもあった。
 知事選出馬表明自体は短いものである。まず、沖縄の経済的可能性は世界的に高く評価されているが、那覇新都心や北谷町美浜地区の経済発展に見られるように、「今や米軍基地は沖縄経済発展の阻害要因」となっていることが指摘される。続いて豊かな自然環境は将来の世代にも「宝物」であり、破壊されてはならないと述べる。その後に「イデオロギーよりもアイデンティティーに基づくオール沖縄として、子や孫に禍根を残すことのない責任ある行動が今、強く求められている」と翁長は訴えるのである(『魂の政治家』、p.44)。つまり経済発展と豊かな自然が、翁長の言う「アイデンティティー」の内実を構成しており、そのいずれもが平和と結び付けられている。そしてこの「アイデンティティー」は、そのままオール沖縄のそれでもある。逆から言うと新基地建設は、経済発展と自然保護を阻害し、したがってオール沖縄自体の確立を困難にしてしまうからこそ断固反対されるのである。
 「アイデンティティー」の構成要素はそれだけではない。1950年に旧真和志村で生まれ、まだ戦争の爪痕が生々しく残る中で育ち、そして米軍の抑圧的な統治を目撃し続けてきた翁長だからこそ、そのときそのときの発言に直接体験した沖縄戦後史が滲むようにして現れた。先ほど述べた、菅官房長官に向けられた「キャラウェイ発言」のようにである。要するに平和の志向と結びついた「アイデンティティー」には、沖縄戦や沖縄戦後史の記憶が深く浸透しているのであり、それもまたその構成要素の一つとなっているのである。経済発展、自然保護、それに加えて歴史記憶は、政治的信条などの立場を越えて共有できる価値となっているからこそ、オール沖縄の「アイデンティティー」となったのである。
 この点、翁長が急逝した直後に書かれた、川満信一の論評は興味深いものである(2018年8月16日付『沖縄タイムス』)。川満は、翁長が知事任期中に功利的政治家から理念的政治家へと「成長」したと論じる。理念的政治家とは、米国と従属的な日本政府によって維持され続ける基地と、さらなる新基地建設とが「アジアの悲劇」を将来的に引き起こすだろうという「予見」から、再度捨て石とされる危機を避けるためにも、辺野古「移設」を断固拒否しようとする者のことである。沖縄にとっての真なる豊かさを実現するために、外部勢力から提示される目先の利益を拒否し、その根本的な阻害要因である基地に反対していくということでもあろう。翁長は、那覇市議であった1985年には、日の丸・君が代励行決議案を提出し強行採決させ、また沖縄県議であった96年には、米軍基地の整理縮小などの是非を問う県民投票案に対して反対を表明している。さらに99年には、普天間飛行場の辺野古「移設」を県議会に提案さえした。そういったことを思い起こすとき、功利的政治家から理念的政治家への成長という川満の評価も一理あろう。加えて川満は、翁長のそのような成長を促したものに、沖縄戦や米軍統治期についての深い歴史認識のもとに掴み取られた「アイデンティティー」にある、という見方を示しているが、その点も本稿の議論と重なる。
 とはいえ「イデオロギーよりもアイデンティティー」については、もう少し立ち止まって翁長の発言を読み、検討する必要があるように思われる。次の発言は保守政治家の顔をのぞかせ、かつ危うさを漂わせるものとなっている。

沖縄の基地問題なくして、日本を取り戻すことはできない。日本の安全保障は日本国民全体で負担する気構えがなければ、沖縄一県にほとんど負担させておいて、日本の国を守ると言っても、仮想敵国から日本の覚悟のほどが見透かされ、抑止力からいってもどうだろうかなと思っている。(『魂の政治家』、p.79)

 2015年5月17日の「戦後70年 止めよう辺野古新基地建設! 沖縄県民大会」での発言である。この発言自体は、安倍首相の言う「日本を取り戻す」を換骨奪胎したものである。翁長にしてみれば、取り戻されるべき日本とは、安全保障を「日本国民全体」で担う、そのような「気構え」のある国家のことである。それゆえ、安全保障を過重に担わされている沖縄の「基地問題」の解決なくして「日本を取り戻すことはできない」。ここには、沖縄を再び捨て石にしてしまう危機を回避しようとする意図だけでなく、基地問題の「原点」は50年代に米軍に土地を強制接収されたことにあるとしばしば述べられていたことからすれば、我らの土地を取り戻すという意味もあったかもしれない。いずれにせよ沖縄の歴史を踏まえた換骨奪胎ではあった。
 しかし問題は「仮想敵国」という発言である。想定された「敵」の一つは、間違いなく朝鮮民主主義人民共和国である。もちろんここには、ステレオタイプ化された北朝鮮像の内面化がある。それだけではなく、翁長が読んだか分からないものの、この発言は村上龍『半島を出よ』など、北朝鮮を扱う近年の文学作品と響き合うものがある。『半島を出よ』は、経済的に落ちぶれた日本、福岡を北朝鮮の兵士が占拠するという荒唐無稽な物語であるが、とはいえ北が攻めてくるという設定を通じて「平和」と何かを考えさせ、「国民」に対し「安全」のための「気構え」をもたせようとする意図がそこには込められており、その点において翁長の発言と響きあっている。「品格のある日本」(『魂の政治家』、p.110)や「日本国民が等しくそういう〔戦場になるかもしれないという〕立場に立つのであれば、同じ日本国民としてそれを受け止めることは私としてはあるが」(『魂の政治家』、p.116)などとも翁長が発言していたことからすれば、なおさらである。
 これに加え、翁長が日米安保容認の立場であり、普天間飛行場の辺野古「移設」を自分自身で提案していたことも踏まえると、彼の言う「平和」は沖縄を含んだ日本という枠だけで考えられていると見なすこともできる。つまり「アイデンティティー」の核となる「平和」には、国防としての「気構え」といった限定的で、場合によっては外部と敵対的な意味が流れ込んでいる可能性があるのである。したがって、「オール沖縄」が一丸となって基地問題の解決に向かっていった先に、安全保障を「日本国民全体」で負担するという「気構え」への合流があるならば、基地が「アジアの悲劇」をもたらすという予見によって理念的政治家へと転身した、とする川満の見方には留保をつけざるを得ない。
 結局のところステレオタイプ的な「仮想敵国」発言の何が問題かというと、神格化されることもある翁長前知事において、アジアへの視点が欠けているということである。もちろんアジアと沖縄を絡めた発言はこれまで度々なされてきた。しかしそれは主に経済交流の文脈においてである。欠けているのは、彼の発言の根幹をなす沖縄についての歴史記憶から、沖縄に連行されてきた朝鮮人や台湾人がいたことや、「悪魔の島」と呼ばれるのを拒むため、65年以降復帰協が定期総会のたびにベトナム戦争反対を決議しつづけたといった事実である。「仮想敵国」などという安易な表現が用いられるのは、それらが欠けていることの証左でなかろうか。これに関連したことを付け加えるならば、1999年に、監修委員会の承諾なしに平和祈念資料館の展示内容が、朝鮮人、台湾人の虐殺について削除され、日本軍の残虐性を薄めるように変更されるという事件が起きている。この事件が起きたとき、沖縄県議会与党自民党の中心にいたのが翁長であった(ちなみに2018年、北朝鮮とアメリカの間で緊張緩和の萌芽が現れてからは、翁長の発言にも政治的な観点から東アジアへの言及が現れていた。また2016年の県民大会で海兵隊の「撤退」という発言をしたことは重要である)。
 翁長知事を支え、また彼に支えられたオール沖縄が、一丸となって基地反対を打ち出すとするなら、そしてアジアの中で真なる沖縄の平和と豊かさを実現しようとするならば、「敵」をまなざすのとは異なるアジアへの視点が求められる。そのような視点が欠落すると、基地問題は国を守る「気構え」といったナショナリスティックな議論に流れ、基地を容認することになろう。またアジアの欠落は、沖縄の歴史の語りから皮肉にも歴史の忘却をもたらしもしよう。
 だがより問題なのは、このアジアへの視点の欠落が、少なくとも2014年からの選挙で示され続けてきた「民意」に基づく沖縄という主体に危機をもたらしていることである。


(3)沖縄という主体の危機
 アジアへの視点の欠如は、翁長元知事だけに留まっていない。
 玉城デニーは、知事選においても、就任後においても「イデオロギーよりアイデンティティー」という言葉を用いており、翁長前知事の遺志を引き継ぐ姿勢を明確にしている。また日米安保体制を容認するのも同じである。先日、玉城知事は、普天間飛行場の運用停止を求める書簡を駐日米大使館などに送付したが、そこで「中国、北朝鮮問題」は米海軍・空軍で対応可能だからという理由付けがされていた(2019年5月27日付『沖縄タイムス』)。この書簡の内容もまた「仮想敵国」の変奏であり、それゆえ玉城デニー知事にもアジアへの視点の欠落が引き継がれているように見える。
 さらにこの欠落は政治家を超えて広がっており、「オール沖縄」として立ち上げられてきた沖縄という主体に危機をもたらしている。そのことが明白に現れたのは、天皇の退位/即位をめぐってである。例えば2019年4月29日付『琉球新報』の1面には、「陛下、沖縄を思っていた」という大きな見出しのもと、ある沖縄の民謡歌手が平成天皇から「沖縄には大変ご苦労掛けてます」と言葉をかけられたという記事を載せている。その歌手は、天皇が11回も沖縄に来たことから、「こんなに沖縄のことを思っている人はいないのではないか」とさえ述べている。
 また『琉球新報』は、翌日4月30日、「新しい『令和』の世は、沖縄の主体性と創意に彩られた豊かな平和な時代を紡ぎたい」と元号と沖縄という主体を結びつける、編集局長松元剛の特別評論を一面に掲載した。付け加えるならば同評論で松元は、沖縄における平成を振り返るなかで、95年に建立された「平和の礎」が「不戦を誓うシンボルとなった」と述べているが、平和の礎除幕式の際、招かれた韓国側代表が、加害者と一緒に刻銘されるのを拒む韓国人遺族もいたと発言したことは忘れられている。「平和の礎」をめぐってはまだ議論があるのである。
 さらに5月1日、つまり即位の日、『沖縄タイムス』と『琉球新報』の社説は、「多くの国民が令和の時代の到来を歓迎したのは、平和で明るい未来であってほしいという切実な願望からだ」や「元号を生活に根ざした文化と捉えれば、新元号のスタートは〔…〕人々の希望につなげる力にもなる」と、そろって新元号を歓迎し、新しい時代が始まるとする内容であった。
 沖縄の二紙は、もちろん他の記事で天皇の戦争責任や1947年の天皇メッセージについて触れてはいる。しかし平成天皇の「平和」の「祈り」を高く評価し、また新元号を歓迎する姿は、見方によっては「祈り」が継続されることと引き換えに沖縄から天皇へ和解を提案しているようでさえある。そこには現政権の横暴を、天皇を沖縄側に立たせることで中和しようとする意図があるのかもしれない。しかしこれは危険であろう。天皇個人がいくら親しみやすいイメージを振りまいたとしても、問題は天皇制なのであって、その制度こそが悲惨な沖縄戦を、戦後の植民地主義的な米軍統治を、そして現在の基地問題をもたらしているからである。その制度が存続する限り、目取真俊が言うように「天皇メッセージ」は今も生き続ける(目取真俊の5/27付のブログを参照)。したがって新元号を歓迎し、天皇が11回も沖縄に来てくれたことなどを好意的に報じることは、天皇制を認め、結局のところ翁長の言う「アイデンティティー」の根幹となる沖縄の歴史、とりわけ沖縄戦を美化して継承させる危うさももたらすだろう。
 なによりも問題なのは、そのように好意的に新天皇、新元号を迎え入れることにおいて、またしてもアジアが欠落することである。沖縄戦で亡くなった者の中には多くの朝鮮人、台湾人などがいたが、ということは、彼、彼女たち抜きにして新元号や即位の祝福などできるわけがなく、そもそも祝福すること自体が問題なのである。
 いずれにせよ翁長の発言を丁寧に読み、また天皇の退位/即位をめぐる言説などをたどると、「オール沖縄」に体現される沖縄という主体は、「平和」を希求しつつも、天皇の戦争責任や戦後の天皇メッセージの問題を等閑視することで、東アジアの「平和」への展望を欠いた危うさの中で立ち上げられていると言わざるを得ない。そしてこのことは平和を望み、「オール沖縄」を支えてきた沖縄の「民意」を危機に晒すことであろう。もちろんその「民意」においても、そこにアジアへの観点があるかという問題は残っている。
 2019年、2年ぶりに平和の礎に二人の朝鮮人の名が刻銘されることとなった。その一人の金萬斗は、徴用されていた輸送船「彦山丸」の上で米軍機の攻撃を受け亡くなっている。その後彼は本部町健堅に埋葬されたが、それは米雑誌に掲載された写真によって明らかになったことであった(2019年5月29日付『琉球新報』)。アジアが欠落することで生じる主体の危機を克服するために見出すべきは、そのような沖縄と結びついたアジアの者たちであろう。
 もちろん東アジアという広い観点から平和を構築しようとする出来事は、すでに沖縄に現れている。それは国境を越えた沖縄戦の捉え返しであったり、反戦運動であったり、芸術であったりである。次回以降の私の回で取り上げていきたい。


【参考文献】
沖縄タイムス社『沖縄タイムス』
呉世宗『沖縄と朝鮮のはざまで――朝鮮人の〈可視化/不可視化〉をめぐる歴史と語り』明石書店、2019年
川満信一「沖縄の行方 翁長知事急逝 3」、2018年8月16日付『沖縄タイムス』
櫻澤誠『沖縄現代史――米国統治、本土復帰から「オール沖縄」まで』中公新書、2015年
目取真俊ブログ「海鳴りの島から」
https://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/2d8d560eb961693bdaf5047d0fe0bb94(2019年6月18日最終閲覧)
琉球新報社『琉球新報』
琉球新報社編『魂の政治家 翁長雄志発言録』高文研、2018年

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著者略歴

  1. 呉世宗

    1974年生まれ。一橋大学大学院言語社会研究科博士課程修了。博士(学術)。琉球大学人文社会学部准教授。主な著書に、『リズムと抒情の詩学――金時鐘と「短歌的抒情の否定」』(生活書院、2010年)、『沖縄と朝鮮のはざまで――朝鮮人の〈可視化/不可視化〉をめぐる歴史と語り』(明石書店、2019年)。主な論文に「金嬉老と富村順一の日本語を通じた抵抗」(『琉球アジア文化論集』4号、2018年)、「到来する歴史、積み重ねられていく小さな時間」(『越境広場』4号、2017年)など。

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