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きた道アメリカ、オモテウラ

美しきアメリカのカントリーサイド・ケンタッキーへ

憂うつな旧炭鉱町の朝
  その日の朝、私たち家族はメンテナンスの行き届かない安モーテルで、いつも通りのアメリカの定番朝食メニューを食べていた。テレビでは、大雨のニュースに続いて連邦検察が60名の医療関係者を起訴したニュースを伝えている。依存症と過剰摂取による死者が大問題となっている鎮痛剤オピオイドを違法に販売していた医療関係者が、逮捕されたのだ。世界的な依存症対策の潮流である「ハームリダクション」の考え方に基づき、アメリカでも依存症の本人に対しては懲罰よりも支援によって死亡や薬物による二次的被害を防ぐ取り組みが広がりつつある一方、過剰供給をいかに食い止めるかも注目されていた。
 今回、大規模な逮捕者を出したアパラチア山脈やその付近の地域は特にオピオイド依存がひどく、重点的に捜査が行われたのであろう。いずれも炭鉱や重工業で栄え、今は衰退したといわれる州ばかりだ。私たちが今いるウェストヴァージニア州も、これから3日間を過ごす予定のケンタッキー州もこの中に入っていた。実際、ここチャールストンの街も、州都だというのにひどい荒廃ぶりだ。オピオイド蔓延の背景にはこうした地域の衰退があるのだろうと嫌でも感じさせる。
街を車で走り出すと、今にも降り出しそうな陰うつな空の下、州議会議事堂の黄金のドームだけが不釣り合いに輝いている。このイースター休暇は憂うつな旅になるかもしれないな、そんな朝だった。
   

家族で楽しむ競馬場
 アウトドアレジャーで有名なウェストヴァージニアから、州間高速道路64号を西にしばらく走り、橋を渡るとケンタッキー州に入る。まず目指したのは、州内第二の都市レキシントンにあるキーンランド競馬場だ。ケンタッキーといえば、「スポーツの世界で最も偉大な2分間」といわれるケンタッキー・ダービーを思い浮かべる人も多いだろう。競馬場だけでなく、車窓から見える美しい丘陵地帯も一味違う。通常、田園地帯で目にする動物といえばほとんどが牛なのだが、ケンタッキーでは明らかに馬の数が多いのだ。
 キーンランド場内に入ると、かなり賑わっている。服装に特に厳しい規定はなく、GパンにTシャツのカジュアルな人もいる。しかし、少なからぬ人がジャケットやワンピースなど小ぎれいな装いだ。中には蝶ネクタイの男性や、クラシカルな羽帽子をかぶっている女性たちもいる。
 子連れの私たちは、間近でレースが見られる1階のエリアを避け、2階のスタンド席に移動した。エスカレーターの下で案内係の高齢男性が目を細めながら、娘に上にアイスクリーム屋があるよ、と教えてくれる。
 ビールとホットドッグなど簡単な昼食を購入して、数少ない自由席に座り改めて周囲を見回すと、会場を埋め尽くす指定席もこの自由席もほとんどが白人ばかり。多様な人種・民族の行き交う都市部からいくと、少々居心地が悪い。しばらくして前の席にアフリカ系の家族がやってきて、やっと少しホッとした。
 レースが近くなると騎手と馬たちが出てくる。娘も大喜びだ。ツレが試しに馬券を買ってみた。1階にある自動発券機で、馬券の購入ができるのだそうだ。カード社会のアメリカだが、ここは馬券から飲食まで全て現金払いだ。
 一度レースが始まると観客は立ち上がって大盛り上がりである。結局、ツレの買った合計10ドルほどの馬券は全く当たらなかったのだが、レースとパドックを観て雰囲気を楽しむことができた。
   

美しい街とバーボンディナー
 その後、私たちはレキシントンの街中に向かった。中心部に入ると美しい街だ。今朝見たチャールストンとは異なり、街全体に活気が感じられる。ここに来るまでの郊外でも家々は美しくメンテナンスされており、この州は寂れた感じがしない。
 食事の前に街中の蒸留所Town Branchに立ち寄ってみた。ここは新しい蒸留所で、地元ケンタッキーで動物の飼料などを扱っている会社が経営している。見学ツアーの最後には試飲もできる。「バーボン・トレイル・スタンプブック」をもらい、明日からの蒸留所巡りの準備は万全だ。
   

 夕飯にも、地元食材とバーボンを使った料理が楽しめるというレストランを訪ねてみた。地元の人気店のようで、広いテラス席まで満席に近かった。私たちはチーズコロッケのバーボンピーチチャツネ添えとバーボンフライドチキンを頼んだ。これで大人2人がお腹いっぱいだ。飲み物のメニューにもやはりバーボンやバーボンカクテル。私は、カクテル「マンハッタン」を飲んでみた。

    
 モーテルまで歩いて戻る途中には大型の酒屋があり、通常のバーボンに加え、ケンタッキー・ダービー記念カップとのギフトセットや、小さなボトルもたくさんある。お土産はここで買うことにした。時間帯によっては試飲もやっているようだった。

バーボントレイルの完成度
 翌日は、世界遺産となっているマンモス・ケイブ国立公園内のロッジを予約していたのだが、そこまでの間に、ワイルド・ターキー、フォア・ローゼズ、メイカーズ・マークと3つの有名蒸留所を回ることにした。いずれも老舗ということで、かなり錆びついた工場のようなものを予想していた。
 ところがだ。どこもよく整備されていて綺麗なのだ。特に、スタイリッシュな外観のワイルド・ターキーのビジターセンターは秀逸であった。車で回っている上に娘が飽きてしまうので、ガイドツアーや試飲などには参加しなかったのだが、ビジターセンター内の展示を見ているだけで蒸留所の歴史がわかる。
   
 クラシカルな外観のフォア・ローゼズのギフト・ショップはあちこちに真紅の薔薇が飾られ、洗練されたインテリア。

 お昼時に訪れたメイカーズ・マークには居心地の良いレストランがあり、ランチをそこで食べることもできた。私たちもケンタッキー名物らしいサンドイッチやコールスローを注文した。車を運転してくれるツレには申し訳ないが、ここで私はバーボンカクテルを一杯。隣には、名物カクテルのミント・ジュレップを飲んでいる二人組がいる。
   

 国内外の買収合戦の結果、有名なバーボン蒸留所は現在どれも大手企業の傘下に入っている。現状、ワイルド・ターキーは伊カンパリ傘下、フォア・ローゼズはキリン、メイカーズ・マークと翌日訪れたジン・ビームはサントリーの傘下だ。しかし、このトレイルはそのようなグローバル企業の影をまるで感じさせず、バーボンの歴史とケンタッキーの地に根付いたクラフトマンシップを純粋に楽しめるような作りになっている。完成度の高いトレイルだ。
 その後、世界遺産の洞窟見学、夜は公園内のレストランで名物のBBQディナーをいただき、翌日は州最大の街ルイビルでケンタッキーフライドチキン本社に立ち寄り、美しい南部の街並みを楽しみ、2つほど蒸留所を訪れ、ランチは南部料理と、ケンタッキーでの楽しみは目白押しだった。
   

旅には良い街、けれど……
 イースター休暇が明け、久しぶりに英語のレッスンに行くと、「アキコ、ケンタッキーはどうだった?」と先生が尋ねた。先生は一度もケンタッキーを訪れたことはないそうで、私はいかにケンタッキーが素晴らしかったかを話した。そして、最後に「でも、特に非白人には住みにくいだろうね」と、付け加えた。
実は、旅の途中でプロライフ(生命支持)を掲げる中絶反対派の看板や、今や都市部では「人種差別主義者」と受け取られる南北戦争時の南軍旗を何度も見たのだ。そう、ケンタッキーは、中絶に厳格な条件を設ける州法がいち早く成立した保守王国であり、トランプ大統領の強固な支持基盤として知られる州なのである。
 この旅で出会ったケンタッキーの人々はとてもフレンドリーで親切だった。州知事も日本への留学経験もある親日家として知られる人物だ。人々の笑顔と不釣り合いな南軍旗。衰退した田舎の低学歴の白人貧困層といわれるトランプ支持者のイメージと、その風景や街、家々の美しさ、洗練された観光産業にもアンバランスな印象を受ける。アメリカの分断は、私が取り組んできた貧困問題と同様、メディアが伝えるよりももっと複雑で分かりにくいものなのかもしれない。
 私の話を聞いた先生は、特に南軍旗がいくつもはためいていたことに眉根を寄せ、通りかかった社長にも小声でそれを伝えた。彼も顔をしかめて言う。

――もう一つのアメリカだね。

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著者略歴

  1. 鈴木 晶子

    NPO法人パノラマ理事、セプテンバー・ハウスMAJコアメンバー(米メリーランド州登録NPO)。臨床心理士。大学院在学中よりひきこもり支援に関わり、若年無業者支援、生活困窮者支援などの現場を経験。生活に困難を抱える女性、若者、子どもの支援を中心に活動している。現在、在アメリカ合衆国。著書に『シングル女性の貧困――非正規職女性の仕事・暮らしと社会的支援』(共編著、明石書店、2017年)など。

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