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きた道アメリカ、オモテウラ

暮らすように旅する?(1) マンハッタンで民泊

マンハッタンのルームシェア型民泊へ
 その夜9時過ぎにライドシェアの「リフト」でたどり着いたのは、マンハッタンのアッパーイーストの閑静な住宅地だった。車を降りると、ジョギングをしている女性が目の前を通り過ぎていった。治安の良いエリアだとすぐに分かる。今日の「ホスト」レニーさんの指示通りセーフティボックスから鍵を取り出し部屋に入ると、小さなダイニングスペースに置かれたネイビーのソファベッドがあった。ここが今日明日の私の寝床だ。足元にはユニットバスの入り口、枕元にはキッチンになっている。

バスルーム キッチン
 今回は、パフォーマンスの力で世界を変えようという“Performance Activist”が、世界中から集まる国際会議Performing the Worldで発表をするためにニューヨークにやってきた。ここでいうパフォーマンスとは演劇などに限らず「自分とは異なる何かになること」。私は理事をつとめるNPOの取り組みから、困難な環境にある高校の生徒たちが地域の人たちとの出会いの中でファッションショーを自主的に企画し、成功させるまでの劇的なストーリーを紹介することにしたのだ。
 3日間の会議開催中、出突っ張りで宿には寝に帰るだけとなるこの旅は、大手民泊仲介サイトAirbnbで、このソファベッドをお借りすることにした。二泊清掃代等込みで166ドル。マンハッタンでは破格の宿泊費と、レニーさんがスーパーホストと呼ばれる宿泊客からの評価の高いホストで、同じアジア人女性で安心感が持てたことが決め手だった。彼女は1人で2DKの部屋に住んでおり、もう一部屋は一泊約130ドルでやはりAirbnbに出している。その日は、台湾から来た若い女性が泊まるのだという。アジア人女性3人のつかの間のルームシェア生活だ。

アメリカのオモテ玄関ニューヨーク
 振り返るととても長い1日だった。朝6時半のバスで自宅のあるワシントンD.C.郊外を出発。4時間半のドライブで到着したマンハッタン。秀ちゃんラーメンでランチを食べた。博多の有名店秀ちゃんラーメンのニューヨーク店だ。豚骨ラーメンが人気のニューヨークには、一風堂、一蘭など、豚骨ラーメンの有名店が軒を連ねている。
 午後、会場入りすると係員がセッティングをサポートしてくれる。その日、私の会場をサポートしてくれたのは、アジア系のベテラン女性と、日本のアニメが大好きで自ら私のサポートを志願してくれたアフリカ系アメリカ人の若い女性の2人だった。会場は主催団体の関連するNPO“All Star Project”の本部だ。ニューヨーク市ブロンクスの貧困地域の子どもたちにアウトリーチし、子どもたちのタレントショーの開催、大手企業でのインターンシップなど様々な活動をしている。2人はこの活動に参加するメンバーだ。
 発表のディスカッションでは、世界中からやってきた参加者たちが、取り組みに共感してくれ、似たような取り組みや、つながると良さそうな人を次々と紹介してくれる。世界中に広がるコミュニティに容易に参加できる感覚がする。ニューヨークは歴史的に多くの移民の玄関口となってきたが、今もアメリカの「オモテ玄関」なのだろう。ローカルな取り組みからグローバルへ、ニューヨークで働くというのはこんな感じなのかもしれない。

ニューヨークのウラの顔
 この日の予定を終えると、近くのレストランで1人食事をとることにした。カウンター席に座ると、隣にはスーツを着たさわやかな青年が店員とスペイン語で話し込んでいる。常連といった様子だ。金曜の夜の店内は混雑しており、忙しくなった店員の代わりに、なんとなく私がその男性と話し始めた。
 彼はエクアドル出身で、現在はマンハッタンの東側クイーンズで家族と暮らしている。クイーンズはヒスパニック系住民の多い地域で、後に史上最年少女性下院議員となるアレクサンドリア・オカシオ・コルテスが、プライマリー選挙で重鎮の現職候補を破って話題となったばかりの選挙区だ。日本人にもお馴染みの全米オープンテニスの会場・フラッシングメドウのある場所でもある。実際、「クイーンズは知ってる?」と聞かれたので、「この間、全米オープンテニスを観に行ったよ」と私は答えた。彼は、セレーナ・ウィリアムスと大荒れの決勝戦を演じた大坂選手のことも、その決勝戦自体も知らなかったけれど。
 じきにマンハッタンの法律事務所で働いているという彼の仕事の話になった。その中で、「スペイン語は職場ではタブーなんだ」と彼は言い、「特に、法律や医療の分野で働くのにはね」と続けた。先日レストランでスペイン語を話していた客と店員に差別的発言をして大騒ぎになった弁護士の件を思い出す。「とても悲しいことだね」、そういう私に彼は、「スペイン語を話す人たちがたくさん犯罪を犯しているからね」とポツリと答えた。スペイン語なまりの極めて薄い彼の英語は、こうした環境下での努力の賜物なのかもしれない。返す言葉もないまま、その後、彼の故郷エクアドルの素晴らしさを聴き、いつか行ってみようと心に決めて席を後にした。
 そこから混雑した道を抜けて、レニーさんの部屋にたどり着いたのだった。シャワーを浴びて、横になっていると、深夜もう1人の宿泊客とレニーさんが中国語で話をしているのが聞こえた。

マンハッタンの週末
 朝、物音で目を覚ました。目を開けると、もう1人の「ルームメイト」が私の寝ているダイニングを抜けてバスタオル一枚で部屋に戻ろうというところだ。慌てて目を閉じ、彼女が部屋に入ったのをドアの閉まる音で確認してから、再び目を開けた。
 身支度を整えて、朝の住宅街を抜け、地下鉄で会場に向かう。地下鉄を降りてタイムズスクエアから会場まで42丁目を歩く道すがら、ホームレスの母子が目にとまった。建物の前の腰をかけ、飲み物を手に2人で微笑み合っている。子どものその笑顔があまりにも幸せそうで、かえって胸が痛くなった。
 その日は、映画パッチ・アダムスのモデルになった医師が現在のプロジェクトを紹介するセッション、昨日私のセッションに参加してくれたブラジルからのチームが行うワークショップ、メキシコ国境の街エル・パソでコミュニティ作りに取り組むチームのパフォーマンスなど多彩なプログラムに参加した。印象的だったのはワークショップの中で、年輩のニューヨーカーが話してくれたマンハッタンの住宅事情だ。近年家賃高騰の続くマンハッタンでは長年住んできた住人が契約更新をしてもらえず、住み慣れた地域を追われる事案が後をたたないのだという。家賃更新時の家賃の値上げ幅には規制があるため、新たな契約を自由な価格で設定したほうが儲かるのだろう。ご多分に漏れずAirbnbも家賃高騰の一因なのだろうと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになった。
 その日は会議を少々切り上げて、近くの老舗ジャズバー“Bird Land”の17時のライブを聴きに行くことにしていた。といっても、昨晩寝る前にiPhoneで予約したのだが。空いている時間のライブは、正直期待したようなものではなかったが、終演後サラ・ヴォーンの歌う「バードランドの子守唄」が流れたのは少し感慨深かった。

 その足で、ニューヨーク・フィルの定期公演に向かう。この日は、スヴェーデン指揮で、若き女性アーティストの新曲のワールドプレミア、トリフォノフをピアノに迎えたベートーヴェンのピアノ協奏曲5番、ストラヴィンスキーの「春の祭典」といずれも聴きごたえ充分、期待以上の演奏であった。ヨーロッパを旅した際に聴く有名オーケストラの定期公演に比べて高額なチケットが不満だったのだが、アメリカでは良いものには対価を払わなければありつけないのだから仕方ない。

チェックアウト
 3日目の朝、まだ寝ているレニーさんにお礼の手紙と鍵を置いて、チェックアウトした。近くの24時間営業のダイナーでほうれん草とチーズの入りのオムレツを食べながらこの短い週末を思い返す。昨晩、セントラルパークを抜けて地元の人たちと乗ってきたバスの雰囲気も、後ろ髪ひかれながら前を通り過ぎた住民たちで賑わうバーも、この名物ダイナーも、どれも居心地の良い街の空気を作り出している。これまで緑豊かなワシントンD.C.に比べるとニューヨークは住みにくそうだと感じていたが、案外ニューヨーク生活も悪くないかもしれないな、そう思えた5度目のニューヨークだった。

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著者略歴

  1. 鈴木 晶子

    NPO法人パノラマ理事、セプテンバー・ハウスMAJコアメンバー(米メリーランド州登録NPO)。臨床心理士。大学院在学中よりひきこもり支援に関わり、若年無業者支援、生活困窮者支援などの現場を経験。生活に困難を抱える女性、若者、子どもの支援を中心に活動している。現在、在アメリカ合衆国。著書に『シングル女性の貧困――非正規職女性の仕事・暮らしと社会的支援』(共編著、明石書店、2017年)など。

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